新たに紡がれていく想い。
目指すものは一つ。
ジェイド達を乗せた陸艦が水の要塞都市グランコクマへと着岸した。
同時に昇降口が開けられ、中に収容されていた組織員達が兵士の手によって運び出されていく。行き先は軍本部内にある牢屋だ。
だが、ケテルブルクにあったアジト内に譜歌を使用して突入し、収容したあとからかなりの時間が経っているというのに、モルダを含めた組織員達は未だ一向に目を覚ます気配がなかった。
さすがにおかしいと思ったティアがリドに聞いてみたところ、通信機のオプションとして譜歌が倍以上の効果を発揮するように改造していたらしい。
「それはさすがに――」と周囲は思ったが、ガイの「まぁ、途中で起きて暴れられるよりは良いか」という言葉に、その場にいた全員が納得した。
その凄まじい効果を発した通信機を作った少年は、グランコクマの町並みを前に目を爛々と輝かせている。今にも走り出しそうなその少年の襟首を掴んだのはジェイドだった。
「さて、まずは陛下に報告しに行きましょうか♪」
にっこりと言われた言葉に、襟首を掴れた少年が驚いてジェイドを見る。
「えぇ!? 僕も!?」
「はい♪ 作戦を手伝って頂きましたからね」
ジェイドの横では、そのやりとりを見ていたガイが苦笑している。
「それにここまで貢献してくれちゃあ、な」
「止めようがないだろ?」と言ってガイは肩をすくめた。それを見守っていた女性陣達も笑って頷いている。
「嫌だ! 僕はここの譜業が」
「さぁ、皆さん行きますよー」
少年の抗議を遮るようにしてジェイドが移動を始め、一同はそれに着いていく形で宮殿へと向かった。襟首を捕まれて身動きがとれなくなってしまった少年は、最後まで抵抗を試みていたが、ジェイドの有無を言わさぬ笑みについに諦めるように肩を落とした。
宮殿に到着すると、入り口では兵士達がジェイド達の到着を待っていた。上官であるジェイドの姿を見るなり、早々に謁見の間へと通す。その扉の先に控えていたのは、マルクト帝国を一手に支える褐色の皇帝――ピオニー・ウパラ・マルクト九世だった。
「おー、帰ったか。皆無事で何よりだ」
皇帝は部屋に入って来た彼らを見るなり、満面の笑みを称えながら話し掛けた。
仮にも一国の王が親しい友人と話しているかのように振舞うのは、はっきり言って異常だ。この場に事情を知らない者がいたとして、その人物に対してこの人が皇帝であると言ってもすぐには理解出来ないだろう。それがこの皇帝の持ち味でもあるが。
「で? そこにいるちっこい少年は?」
ピオニーはジェイドの後ろ側に隠れるようにして立っているリドを目ざとく見付けた。ジェイドはリドがよく見えるようにと、身体をずらして少年を紹介する。
「彼の名前はリド。レムの塔周辺に街を作ろうとしているグループの一人です。今回の作戦について大いに貢献して頂いたので、陛下に紹介しておこうと思いまして♪」
「リド――って、あの世界最速の船を作った奴か!」
「乗ってみたいんだよなあ、あれ!」と活き活きと言うその様子に、ガイと女性陣は思わず溜息をつきそうになる。
リドの方はといえば、目を丸くしたままピオニーを凝視していた。恐らく、少年が予想していたであろう堅苦しい皇帝像が音を立てて崩れ去ったせいだろう。
そしてそのまま簡単な挨拶を済ませると、先程とは打って変わってピオニーの表情が真剣なものへと変わった。
「すまんな。面倒ごとに巻き込んでしまって。今回の騒動を引き起こした奴はここの出身だから、本来ならマルクト内だけで事を運ぶべきだったんだろうが――」
「いや、それなりに楽しかったし、そんなに面倒だとは思ってな――あっ、ないです」
慣れない敬語を使ったせいか、少年の顔が複雑なものになっている。
その仕草を見た周囲の胸中にかつて変わろうと決意し、そのために頑張っていた赤毛の少年が思い起こされ、それぞれの顔が穏やかなものになる。あたふたと慌てるリドを微笑ましく見詰める仲間達に加え、ピオニーの口元も綻んだ。
そんな和やかな空気に水を差すように、足を整える靴音が辺りに響いた。
ピオニーが音源に視線を移せばそこではジェイドが頭をたれ、右手を胸の上へと添えていた。
「陛下。今回の作戦結果についてのご報告が」
「――詳しく話せ」
上司に対する礼をとったジェイドを見るなり、ピオニーの表情ががらりと変わった。少年に向けられていた笑顔があっという間に皇帝のものへと変わり、それに傅《かしず》いている赤目の軍人もいつものような軽い笑みを浮かべてはいない。
ジェイドは〝皇帝の懐刀〟と呼ばれるに相応しい態度で、作戦についての報告をしていく。
ガイ達は二人の素早い転換にすでに慣れていたが、リドだけは追い付けずにいた。目の前で起こっている現象に、入ることが出来ない疎外感。彼は皇帝を含むその場の雰囲気に、溜息をつきそうになるのを必死に堪えていた。
(外に出て譜業見たいなぁ……)
この作戦に参加してさえいなければ、己はレムの塔で街の建設設計を続けていたはず。やはり自身にはこういった職には向いていないとつらつらと思考に耽り、早く帰りたいなあとリドが願っていたとき、彼の視界に映るものがあった。
(そういえばこの部屋にも興味深い譜業が――)
作戦結果の報告に熱中している仲間達とは別の意味で、リドは熱心にこの部屋を見回し始める。そうしてそれに熱中する頃には、彼の内にあった「帰りたい」という気持ちはすっかりと消え失せてしまっていた。
「――成る程。全ての発端は、その邪視を持っていたというクリス・サングレが死亡したことによるもの、か」
「はい。王立譜術・譜業研究所内で調べた結果、彼女はかつてのケセドニア北部戦にも密かに連れ出されていたようです」
「俺が即位した直後か。あの古狸共め」
悔しそうな素振りでピオニーは椅子に肘をつく。恐らく自身が知らないところで事が行われていたことを知り、憤りを感じているのだろう。しかし過去に起こったことはもはやどうすることも出来ないことを熟知している彼は、気を取り直すように現在の問題に目を向けることにしたようだ。
「――モルダはどうしている」
「牢屋でぐっすりのようです」
ピオニーがまず目を向けたのは、今回の首謀者であるモルダと彼を指示していた組織員達の様子だった。睡眠の効果が通常以上だったとはいえ、あれからかなりの時間が経っている。ひょっとしたら、そろそろ目を覚ましている頃かもしれない。
皇帝の質問にジェイドが答え、続けてモルダの身体状況についての報告がされる。すると彼は、さらりと気になるような発言をそのあとに混ぜ込んだ。
「大体の治療は済んでいるようですが、少々気になることがありますので、彼に専門医を付けてもよろしいですか? 処分の方はその結果のあとにお願いしたいのですが」
聞き慣れない単語を彼の口から聞いたガイ達が、黙っていた口を開いてざわめき立った。
「専門医?」
「外傷は治っていたように見えたけれど……」
ガイとティアが戸惑うような素振りを見せている。
しかしこの軍人のこと、彼には何か考えがあるのだろう。それをよく知っているジェイドの幼馴染は、「お前の好きにしろ」とだけ伝えて許可を与えた。
「それと、これからのことですが」
「あぁ。それは俺も考えていた」
ジェイドとピオニーの視線が合わさり、同じように頷く。
「いるな。〝条約〟が」
「えぇ。しかもレプリカ陣営を含む世界規模の、ね」
二人の中でずっと考えていたこと。
今回の騒動により反レプリカ組織〝リア〟は、同じようにレプリカに対して過ぎた考えを持っている輩達への見せしめとして、ここ、グランコクマにおける公の場において処分を受けることになる。だがそれは、この騒動が〝たまたま〟マルクト領土内で起こり、〝たまたま〟それを裁くのがここにいる皇帝であったために、この扱いは当然のことであった。
しかしこの騒動がグランコクマではなく、他国――この場合、キムラスカやダアトで起こったとしたならば、こうはならなかったかもしれない。
それでは駄目なのだ。
反レプリカ組織は、大小問わず、まだ世界各地に散らばっているはずだ。中でも大規模な組織の一つである〝リア〟が公開処分されたとしても、その抑制力は一時的なものに過ぎないことは簡単に予測がつく。それを防ぎ、また持続させる為には各国――いや世界共通の〝罰則〟が必要となって来るのだ。
「レプリカ保護を目的とする条約」
ぽつりと呟かれたジェイドの言葉に、全員の表情が引き締まった。
「――だな。幸い、ここには各国のトップに近しい者達が揃っている」
褐色の皇帝がにやりと口角を上げ、ガイの後ろに控えている人物達を見た。
その視線の意味を理解したのか、各々が口を開く。
「早急にお父様に伝えておきますわ」
「私も、おじい様に話を通しておきます」
「がんばりまぁーす☆」
ピオニーはそれらに対して笑顔で「頼む」と伝えた。
そして今度はその視線を、後ろで一人ぶつぶつと呟いているリドに移す。少年の視線はこの部屋にある譜業に固定されていた。
ピオニーは彼の真剣そのものである表情を見て、余程好きなのだなと感心する。
「やっぱアレがこう――」
「リド、といったか。お前もだぞ?」
「へっ!?」
呆けたように天井を見ていた少年は、ピオニーから掛けられた声によって、ようやく周りの視線が余所見をしていた自身に集中していることに気が付いた。
「えーっとぉ……?」
明らかに話を聞いていなかったという彼の表情に、やれやれと溜息をつきながらジェイドが簡単に説明をする。
「これからマルクト・キムラスカ・ダアト・ユリアシティの各国、そしてあなた方レプリカ陣営の協力も得て、レプリカ保護を目的とする条約を結ぼうとしているのですよ。我々ももちろん動きますが、今回はあなた達にも動いて頂きたいのでね。レムの塔にいるアンバー達と連絡をとって欲しいんです」
つらつらと説明されていくそれに、リドはもう頷くしかない。何しろ彼が知らない間に話しが進み、さらに彼はそれをまったく聞いていなかったのだから。
それにジェイドの話を聞く分にはリドにとって――というか、レプリカ側からしても悪い話ではないと思う。リド自身はあまり被験者達に興味がないとはいえ、レプリカ達が虐げられているのは見ていてあまり良い気がしない。
(レプリカ保護条約――か。また一波乱起きるかも?)
リドはこれから起こるであろうことを想像し、「面倒くさいなぁ……」と胸中で溜息をついた。
こつこつと靴音が響く。
石で埋め尽くされたそこは、外気と比べると温度がかなり低い。太陽の光がまったく差し込まない上に必要最小限の灯りしか設置されていないので、全体的に冷たい雰囲気が醸《かも》し出されていた。照明が限られている薄暗いその内部は、どこかあの洞窟を思い出させる。
彼が入り口へ足を踏み入れると、そこで見張りをしている兵士が彼に向かって会釈をした。対象人物がいる場所を告げられ、彼は真っ直ぐそこを目指す。
その人物がいる場所はすぐに分かった。自然と進めていた彼の足が止まる。
――空気が違う。
辺りから漂う異世界のような空気を感じ取り、彼の眉根が少しだけ寄せられた。
目的としていた人物は静かに牢の中の中央に座っていた。彼がそこにいることは気配で分かっているだろうに、微動だにしない。それどころか、こちらに向かって笑みを浮かべている。
それをしばし見詰めていた彼はかちゃり、と眼鏡のブリッジを押し上げる。
すると、同じくそれを見詰めていた人物も口角を上げたまま口を開いた。
「これはこれは――ジェイド・カーティス大佐じゃありませんか」
「モルダ・エスパシオ。あなたにいくつかお聞きしたいことがあります」
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