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第五章Gloom 08
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第五章Gloom 08




幻想の世界、現実の世界。

見えているのはどちらなのだろう。




 検査が終わって一日が経った。ルークはまだ目覚めない。
 アッシュは一日のほとんどをルークの傍で過ごしていた。治療術で外傷は治ったとはいえ、心の負担が大きいのだろうか、彼女は今だ懇々と眠り続けている。
 その瞳が開けられるのを待つしか出来ないことを、アッシュは歯がゆく思う。
 以前ならば通信――ルーク達は便利連絡網と呼んでいた――を繋ぐことが可能だったが、ルークが女性体となり完全同位体ではなくなってしまった今は、それも叶わない。もっとも繋がっていたとしても、大爆発現象を回避するためにアッシュ自身はそれを行うつもりなど毛頭無いが。しかしその一方で、こうやってこの存在を独占出来ることが嬉しいと思っている自分がいることもアッシュは感じていた。
 相反したその感情に戸惑いながら、彼の右手がルークの髪を撫でる。
「ルーク……」
 アッシュは何度となく口にした名前を呼ぶ。
――この声が届いていれば良い。
 胸の中でぐるぐると渦巻いているこの感情が何なのか、この存在が目覚めることによってはっきりするかもしれないとアッシュは思う。
 さらさらと手の中を朱の髪が落ちていく。
 そしてアッシュの視線がルークの髪から閉じられている瞳へと移されたそのとき、彼の耳にあの澄んだ鈴音が聞こえた気がした。
 
――……リィン……――
 
 ルークの睫毛が僅かに震える。
 それを見たアッシュは髪を撫でていた右手の動きを止めた。彼女の目覚めを妨げないよう、細心の注意を払う。
 その間にも閉じられていたルークの瞳がゆっくりと開かれていく。完全に開かれたそこには鮮やかな碧。自分とは違うその色にようやく出会えたことに、アッシュは安堵の吐息をついた。
「……ルーク?」
 しかし何故か、ルークはアッシュの呼び声に答えない。以前ならばアッシュが名前を呼ぼうものなら、ルークは嬉しそうな雰囲気を漂わせていたというのに、だ。
(何だ――?)
 その上、ルークはその場で何度も瞬きを繰り返して辺りを窺っているようだ。まだ自身がどこにいるのか理解出来ていないのだろうか?
 アッシュはそれを少し不審に思い、再度話し掛けた。
「――おい?」
「うわあっ!!」
「大丈夫か」とアッシュが問う前に、その声に驚いたルークが飛び起きた。その余りの驚きように、アッシュも驚いてしまう。
――そんなに驚かせてしまったのだろうか。
「俺は……――っ!?」
 ルークは先程と同じようにキョロキョロと辺りを見回していたが、一向に目の前にいるアッシュと目を合わそうとしない。いや、合わせる――というよりは、気付いていないと言った方が近いかもしれない。
(何かが、おかしい)
 どこともないそこに視線を固定させたルークは、目の前に手を翳《かざ》したり、自身の顔をぺたぺたと触ったりしている。
 その余りにも挙動不審な行動に、アッシュの中で不安が深まる。
「何で、ここは――?」
「……目が覚めたか」
 その声にびくりと不可解な行動をとっていたルークの身体が強張る。今度はちゃんと聞こえたようで、アッシュは少しだけ安堵した。
 ルークが恐る恐るといった様子で声が聞こえた方向に向き直る。
「その声――アッシュ?」
 確認するようにそう言ったあと、ルークの左手がそろりと彼の方へと伸ばされた。
 アッシュはそれを右手で優しく握り返し、「そうだ」と答える。
「……なぁ、これって夢――だよな? だって……俺、は……俺は――っ!」
 ルークの口元が僅かに上がり、そのままわなわなと震え始めた。碧の瞳が目一杯開かれ、右手で頭を抱えながら首を左右に振っている。
「あ……あぁ……!」
 瞳孔が開き、ルークの焦点がぶれていく。
――これは、危険だ。
「おい――っ!?」
「うああああぁあぁあぁああ――!!」
 何とか落ち着かせようとアッシュが声を掛けようとしたときにはすでに遅かった。ルークは握っていた彼の手を振り払い、叫び声を上げて恐慌状態に陥った。
 恐らく暴行されたときを思い出したのだろう、その身体ががくがくと震え出している。
「ルーク! ルーク!?」
 アッシュは慌てて震えている肩に手をかけ、何とか正気に戻そうとルークの名前を呼ぶ。だがルークにはそれが聞こえていないのか、蹲《うずくま》るように姿勢を低くした。
(何故、呼びかけに答えない!?)
「これは夢だ、夢だ! だって、アッシュが呼んでくれるはずがない! こんな〝化け物〟の名前なんか――!!」
 震えるルークの口から紡がれた〝化け物〟という単語に、アッシュは思わず言葉を失う。そして彼はぐっと眉根を寄せたまま、極度に怯えているルークを見下ろした。
 ルークは両腕で身体を掻き抱きながら、ぶつぶつと同じことを繰り返している。その身体は小刻みに震え、顔色は真っ青になっていた。
 自分が助けに行くまでに、周囲にいた連中と彼に相当酷いことを言われたのだろう。でなければ、こんな風になったりはしないと、アッシュは歯を食いしばる。
 彼はゆっくりとルークの肩においていた手を離す。そうしないと余計に怯えてしまいそうだった。
 今のルークにアッシュの声は届いていなかった。それどころか、この状態では話し掛けること自体が逆効果となることは明白だった。
 そこへルークの叫び声を聞き付けたのか、シュウが慌てて部屋へと駆け込んで来た。
「これは――いけない! 早く、誰か鎮静剤を!」
 恐慌状態に陥ったルークを見るなり、ドアの入り口前でそう叫ぶと、シュウはすぐさまこちらへと走って来る。そして鎮静剤を持った研究員達がアッシュの目の前を慌しく通り過ぎて行った。
 身体を震わせているルークを取り囲むように処置が行われていく。アッシュはただ呆然とその様子を見ているしかなかった。
 何が起きているのか理解できないで居る彼に、ようやくその様子に気付いたシュウから声が掛けられる。
「アッシュさん! とりあえず今はこの部屋から出ていて下さい!」
 何も出来ないアッシュはその声に従うしかない。後ろ髪を引かれる思いを抱え、大人しく部屋から退出することにした。
 扉が閉められ、部屋の中が見えなくなる。ノブを握っていた右手を扉に添え、アッシュは祈るように俯いた。
 彼はそのまま近くの窓際へと移動して背を預け、肩の力を抜きながら先程起こったことを整理することにした。
 ルークは目が覚めてもアッシュの呼び掛けには答えず、彼を一切見ようとしなかった。しかし、彼の声が聞こえていたのは確かだ。
 そしてそのまま暴行されたときのことをを思い出し、ルークは恐慌状態に陥った。
「何なんだ……これは……」
(どうなってやがる)
 今起きたことを順番に繋げようとしても、その処理が上手くいかないことにアッシュは苛立つ。頭の中で整理をしようとしても混乱するばかりだったのだ。
――それに。
 焦点が合っていないルークの碧の瞳に、アッシュは映っていなかった。さらには彼がここにいることが夢だと言っていた。その言葉だけで、ルークの心の傷がどれだけ深いかを物語っている。
 やるせない想いがアッシュを支配していく。
 悲しいのか、寂しいのか、切ないのか。
――ぎゅう、と胸を締め付けるこの想いは。
「……冗談、じゃねぇ……」
 精一杯ついた彼の悪態は、周囲に誰もいないせいか、いつものような覇気がない。
 胸を掻き毟りたい衝動にアッシュが耐えていると、彼の胸に付けてあった通信機から音が響いた。
(そういえば、向こうに着いたら連絡をすると言っていたな……)
 アッシュは僅かな時間で疲労を覚えた身体に鞭打ち、ゆっくりと通信機のスイッチを入れる。そして聞こえて来た相変わらずの明るい声に、彼は少し救われたような気がした。
『あ、アッシュ? こっちは無事グランコクマに着いたよー。そっちは?』
「あぁ……。今はベルケンドにあるレプリカ研究施設にいる」
『……ルークはどう?』
 リドの言葉に、つきり、とアッシュの心が痛む。
――どうしようか。今起こったことを言うべきだろうか?
「――いや、まだ……眠っている」
 彼は少し考えたあと、ルークの状態は結局言わないことにした。自分ですら今の状況が理解出来ていないのに、向こうにも余計な心配を掛けるべきではないと判断したからだ。
 連絡するのは、あとでシュウに詳しい容態を聞いてからでも遅くは無い。
『そっか……』
 さすがにリドもルークのことが心配であるようだ。普段よりも声がしょげている。
『こっちの状況だけどーって、うわっ! 何すんだジェ――』
 そしてリドが自身の状況について話そうとすると、少年の言葉を遮ったあとで続けて軍人の声が届く。どうやらリドから通信機を奪ったようだ。少年が後ろで何か喚いているのが聞こえる。
『アッシュですか? ルークの状況はあとで聞くとして。それよりも少しあなたに聞きたいことが』
「ああ、モルダのことだろう?」
 アッシュは先日、リドからジェイドがモルダについて聞きたいことがあるということを耳にしていたため、自分からそれを切り出した。
『リドから聞いているんですね? それならば話は早い』
 こんな状況となっている今では、正直その男の名など口に出すことはおろか、耳に入れたくもないがなとアッシュは苦く思う。
『あなたが今、何を思っているか手にとるように分かるのですが、我慢して下さいね』
――そして、そんな自分の考えをあっさりと読み取ってしまうこの男の声も。
 アッシュ自身、以前から比べれば自分はそれなりにポーカーフェイスが出来ていると思っていた。しかし、この男の前では無駄に等しいようだ。
 その悔しさに彼の眉間に皺が寄りはしたが、気を取り直すように頭を振った。
『聞きたいことというのは、モルダの口調についてです』
「口調?」
 そう言われても、アッシュはあの男の口調について特におかしいと思ったところはなかった。ただ、違和感を覚えてはいたが。
『例えば、彼は自分のことを何と呼んでいましたか?』
「確か――〝俺〟と呼んでいたはずだ」
『俺、ですか……。彼の口調に極端な変化などは?』
「やたらと感情の起伏が激しい奴だとは思ったが――、それがどうした?」
 この軍人は先から何を聞いているのだろうかとアッシュは訝しむ。
『いえ、少々気になることがありましてね。有難うございます、大変参考になりました。それでこちらの状況についてですが――』
 アッシュが彼の意図を図っている内に、ジェイドは淡々と向こうの状況を説明し始める。
 彼によれば〝リア〟の組織員達は全員グランコクマにある牢屋へと収容し終え、早速取り調べを始めていること。それと同時に世界各国に共通する〝レプリカ保護条約〟の締結に向けて、秘密裏に動き始めているということだった。
「レプリカ保護条約か……。早いところ実現した方が良いな」
『えぇ。すでにキムラスカ・ダアト・ユリアシティには通達をしてあります。良い返事を頂けると過信してはいますがね』
 もしそれが実現すれば、例え再び今回のようなことが起こったとしても保護条約がある限り、国や身分差に関係なく公平に裁くことが出来る。つまりその条約が、反レプリカ派を抑制する楔《くさび》となるのだ。
 ジェイドの話を聞いていく内に自然とアッシュの顔が引き締まっていく。これからのことを考えなければならないと、彼は疲れた身体に気合を入れた。
『こちらでの処理が終わり次第、レムの塔を経由してそちらに向かいます』
 続けて『ルークの容態はそのときに伺いますよ』と言われ、そこでジェイドとの通信が切られる。
 通信の内容から、〝リア〟の処分はまだ決まっていないということが分かった。そしてアッシュにも、これからやらなければいけないことが分かっていた。
――だが今は。
 少なくともジェイド達がここへ来る間だけは、彼に出来ることはないと言って良い。全ては彼らが来てからのことだ。その間は身体を休める時間に充てても良いだろう。
(それに――)
 アッシュは通信機を握ったまま溜息を一つつくと、再び扉の向こうにいる人物に想いを馳せた。



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