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第五章 Gloom 12
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第五章 Gloom 12




これから歩み寄ろうと。

そう思っていたのに。




 会議室に紅茶の香りが漂い始めた頃、ジェイド達はレムの塔へと到着した。
「お? 紅茶の良い匂いがするなぁ。どうやら向こうは揃ってるみたいだ――」
「「ガイ。ちょっと待って」」
 鼻歌まじりで会議室の扉を開けようと手を伸ばしたガイを、アニスとリドが小声で制する。不思議に思ったガイが「どうしたんだ」と聞けば、二人から耳を澄ませろとジェスチャーで訴えられた。
 ガイは訝しみながらその通りにすると、成る程、部屋の中から楽しそうな声が聞こえて来る。
――アンバーとラピスだ。
 ガイ達は以前から、彼がラピスに対して淡い感情を抱いていることに気付いていた。そういった経験がないからか、はたまた被験者だからと引け目を感じているのかもしれないが、アンバーがラピスを想う仕草はこちらから見てとても微笑ましいものだった。
 それを影ながら応援していたガイ達は、さてどうしたものかと逆に悩んでしまう。
 折角二人の会話に花が咲いているというのに、自分達のせいでそれを止めるのは気が引ける。かといってこのままここで立ち尽くすわけにもいかず――とお互いが悩み始めたとき、予想通りの人物が遠慮なく扉のノブを握った。
「ちょっ――旦那っ!」
「せめてもう少し静かに――!」とガイが言い終わらぬ内に、扉はジェイドの手によって盛大に開かれた。
「おやおや、若いって良いですねぇ☆」
 そして勢いよく開いた扉の向こうで、猛烈な笑みを貼り付けた軍人の姿を目にしたアンバーの表情が引きつった。
 ジェイドの後ろでは、ガイの引き止めようとした手が額へと移動し、それを傍観することしか出来なかった女性陣は気まずそうに笑顔を浮かべながら、中に居る二人を見詰めていた。ガイの隣にいるリドに至っては、ニヤニヤとアンバーの方を凝視している。
 その中でラピスだけが、いまいち状況を掴めていないのか不思議そうに首を傾げていた。
「やっぱり皆来てたのね。アルビオールが見えたからそろそろ来る頃だと思って――」
 会議室前で微妙な雰囲気を漂わせたまま固まっている仲間達に声を掛けたのは、ちょうど展望台から降りて来たラズリであった。その後ろからシリカを連れてレピドも降りて来る。
「――入らないの?」
 彼女の問いかけに助けられ、仲間達は空気が変わったことにほっとした様子で会議室へと入って行った――その間、ティアの視線がシリカへ、レピドの視線がティアへと向けられ、それぞれが輝いていたがここでは気にしないでおく――。
 全員が着席すると、ラピスが「どうぞ」と言いながら淹れ立ての紅茶を皆の前に置いていく。ちゃんと人数分淹れているあたり、彼女の気遣いが窺えた。
 一つ一つのカップからは、白い湯気がゆらゆらと立ち上がっている。
 それを一口飲んで、その紅茶が己が贈ったものだと気付いたナタリアは嬉しそうにラピスに話しかけている。紅茶と一緒に用意されたお茶菓子にはアニスが舌鼓を打ち、「教えた甲斐があったね」とティアと笑って話していた。
 ジェイドはどこか優しいその空間を、黙って見詰めていた。
 今まで緊張していた分、こんな時間が少しあっても良いだろうと、わざと時間を置いたのだ。鼻腔を擽《くすぐ》る紅茶の匂いは自身をも落ち着かせたし、リラックスしたあとの方が話を聞き入れやすい。
 そうして一息ついたところで、ジェイドはレプリカ保護条約締結を思案しているという話を持ち込んだ。
 つらつらと彼の口から説明されていくそれを、真剣な表情で聞いていたアンバーとラズリは、それに対して自分達も前向きに考えると約束した。
「俺達もずっとこのまま――ってわけにもいかないからな」
「ここを世界が守ってくれるなら、かなり心強いのだけれど……。いつまでもこうやって大佐達に甘えている訳にもいかないわ。私達もこれからのことを考えないと」
 二人の考えを聞きながら、ジェイドは笑みを深くする。
「それについては追々考えるとしましょう。少しこちらに考えていることがありますので。次に、捕らえた〝リア〟の首領のことですが――」
 ジェイドが再び彼についての処遇を説明し始めた。
 アンバー達は初めの方は怒りを露にした表情で聞いていたようだが、彼が解離性同一障害だという辺りから、複雑そうな表情になった。
 それを見ていたガイ達も、彼らの気持ちはよく分かる、と心の中で同情する。自分達だって未だ理解出来ていない部分があるのだ。
 すると、説明しているジェイドの口から首領の名前が出たとき、意外な人物が声を上げた。
「……もる、だ……?」
 先程からどこか浮かない表情をしていたシリカが、モルダという言葉に反応を示したのだ。
「どうかしたのですか、シリカ?」
 それを不思議に思ったジェイドが、窺うように少女に聞く。
「――あたし、その人に〝会いたい〟」
 彼の質問に答えたシリカの口からは、信じられない言葉が飛び出した。
 全員が驚き、少女の方を向く。
「あなたの被験者、カルサを消した人物なんですよ?」
 間違いかもしれないと思い、ジェイドが念を押してみるが、間違いではないようだ。頷いた少女の瞳に揺るぎは――ない。
(……瞳……?)
――気のせいだろうか。
 アンバー達は気が付いていないようだが、ジェイドはシリカの隠されている右目の赤色が、若干濃くなっていることに気付いた。
 それに加えて、どこか以前のシリカが纏うそれとは違うように感じる。少女が持つ独特な雰囲気が感じられないし、何よりここへ来て言葉を教えられたとはいえ、この子はこんなに流暢な言葉を話していただろうか?
 そう思ったジェイドは、ここでふと〝研究者〟が言っていた言葉を思い出す。

――『可能性としては……この暗示効果を上回るほどのショックか、あるいは、〝主人格〟を揺り起こすほどの〝何か〟があれば、解けるかもしれませんね』――

(まさか……。ありえない、ありえないことではあるが――)
「……カルサが消えたのは〝感じた〟から、知ってる」
 ぽつりと言われたそれに、ラズリとレピドが「それで……」と互いに胸中で納得した。
 だからこの少女は、「花を描いて欲しい」と言ったのだ。消えてしまった彼女のための墓標を。
 花の色が白だったのはきっと、カルサの髪の色からとったのだろう。
「酷い、ことした人だって……分かるけど。でも……会いたい、の……」
 涙を目に溜めながら少女は言う。それを見たティアが、優しくシリカの頭を撫でてやっている。
(……これはひょっとしたら、彼の暗示を解く鍵となるかもしれませんね……)
 その様子を見ていたジェイドが考えを巡らせる。
 モルダがこの騒動を起こすまでに至ったきっかけの一つである、ルーク。そして、被験者はカルサだが元を辿ればクリス・サングレのレプリカである、シリカ。
――この二人が、〝暗示を解く鍵〟となるかもしれない。
 だが、それに確証はない。憶測のまま動くことをジェイドは良しとしていなかった。
 しかし彼はこのまま何もせずに放っておくよりは、と考えを改める。
「――分かりました」
「大佐!? それは――!」
 彼がシリカの要求を受け取ったことに、ティアが慌てた様子で声を上げる。
 モルダは現在牢に入っているとはいえ、今までレプリカを消していた人物にシリカを会わせるなど、危険極まりない行為と判断したからであった。
「シリカと対面させることで暗示が解け、温厚だったとされる本来の彼に戻るかもしれない。可能性は低いかもしれませんが、それでも、ティア。私は出来る限りのことをしたいと思っているんですよ。それに対面する時はちゃんと護衛も付けますし、私達も傍に付いていれば問題はないでしょう?」
 ジェイドの言葉を聞いたティアは、一瞬戸惑った。
 以前の彼ならば、確証もないまま行動することを嫌っていたはず。なのにどうしてと考えながら彼女がジェイドに視線を合わせると、その真意が分かる。
――彼も変わりつつあるのだと。
 それを感じたティアは自分の考えが早計だったことを悟り、「分かりました」と頷いた。
 ジェイドは納得した素振りを見せる彼女を横目に、隣にいる少女へと視線を移す。
「モルダには必ず会わせてあげましょう。ただし、彼に会いに行くときはルークと一緒でなければなりませんよ?」
 彼がにっこりと笑ってそう言えば、しょげていた少女に笑顔が戻った。シリカは嬉しそうに顔を綻ばせながら、何度も「分かった」と頷いている。
(良かった……)
 レピドとラズリは先程の愁いを帯びていた少女の表情が消えたことに、安堵の溜息をつく。
――一先ずはこれで大丈夫だろう。
 しかしラズリがそうして安心した途端、ベルケンドで治療をしているというルークの容態が気になって来た。
「大佐。ルークの容態は――?」
 ラズリの言葉に、アンバー達の表情が一気に心配そうな表情へと変わる。それは彼らだけではなく、仲間達も同じように表情を変えた。
 周囲が一瞬にして不安そうに変わるそれに、ジェイドは思わず苦笑する。
「アッシュの報告によると、まだ目覚めてはいないようです。我々はここを出たあと、すぐにベルケンドへと向かう予定ですが。心配なようなら、貴女も同行しますか?」
「良いんですか?」
 思わず口に出てしまったのだろう、ラズリは慌てて口を押さえた。
 彼女自身、自分にはここでまだすることがあるというのに一体何をと、戸惑っているようだ。
(それに――)
 ラズリはちらりと、視線を隣に居る存在へと向ける。
――自分がいない間、彼女は誰が守るというのか。
 そこで、ラズリから向けられる視線の意味に気付いたラピスが、ふわりと笑った。
「ルークさんが心配なんでしょ? いってらっしゃい」
 そう言って彼女の優しい手が、ラズリの肩を優しく叩く。このときばかりは、ラズリは何も言わなくとも察してくれる存在に感謝をせずにはいられなかった。
「私なら大丈夫だから、ね?」
「アンバー達もいるし!」と胸を張って言うラピスの言葉にラズリは小さく頷いて、微笑みながら「いってきます」と答えた。
 そして彼女の向こう側にいるアンバーに目配せをし、ラピスを頼むと視線で訴えかければ、心得たとばかりに彼が力強く頷いた。
「では、眠りこけている姫君を起こしに行きましょうか♪」
 ジェイド達が次々とアルビオールへと乗り込み、ベルケンドへ向けて飛び立とうとするその機体をアンバー達が見送っている。リドと入れ替わるようにラズリが入る形となったので人数的には変わらない。
 しかし先程とは違い、はしゃぎまわる少年が居ないせいか機体内は静かだった。当の少年はといえば、今は機体の外で少し残念そうにこちらを見上げている。
 ラズリは初めての飛行に若干の不安を感じながら、これから向かう先にいる朱の存在を想った。彼女の中でざわめく思いが、杞憂であって欲しいと願いながら。

 ルークが再び意識を失ってから、一週間程が経ったある日。
 アッシュはようやくルークが眠る部屋へと通された。
 彼自身には詳しい事情は話されていないが、実はルークはあのあと何度も混乱状態に陥り、研究員二人がかりで抑えなければ収まらないほど暴れたらしい。シュウは先ずそれが落ち着くのを待ったあとで診察を始めたので、一週間という時間を要したようだ。
 アッシュが部屋に入ると、ベッドには疲れ切った顔をして再び眠りに落ちているルークがいた。その腕には必要最低限の栄養が行き渡るようにと、点滴が打たれている。
 しかしそれよりも目を引いたのは。
(――髪の色が、緑に戻っている)
 アッシュが助け出し、彼女が一度ここで目を覚ますまではルークの髪は朱を放っていたはず。なのに何故――と、彼の中で一抹の不安が過ぎる。
 ベッドの脇の椅子に座って脈をとっていたシュウが立ち上がり、アッシュの方を向いた。悲壮感に溢れたその表情が、彼の不安を確定付けた。
「やはり……、恐れていた通りでした」
 シュウから診断結果を聞く前にルークの髪の色について問われたが、説明しても理解は出来ないと判断し、気にしなくて良いと答えた。
 それでシュウは納得したようで――男性が女性になっている時点で、もう驚かないのかもしれない――、彼の口から診断の結果が告げられていく。
「激しい暴力行為による部分的な記憶の欠如。精神的なものによる視力の喪失。これらは一時的なもので、長期治療をすれば完治することは可能だと思います。しかし、問題は――」
「――何だ」
 そこから先を濁すように俯いたシュウに、アッシュは先を促した。

「――〝ルーク〟という言葉に対して、まったく反応を示さないことです」

 この世に神がいるというならば、これこそが天罰というものなのだろうか。




―第五章 Gloom 完―



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赤毛2人に愛を注ぐ日々。