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第六章 Stagnate 11
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第六章 Stagnate 11




ゆっくりと流れていく穏やかな時間。

例えそこに何も映らなくとも。




「分かりました。そういうことなら、あなたがここに滞在することを認めましょう」

しばらく思案していたジェイドからようやく許しが出る。
それと同時に、部屋内の張り詰めていた空気が解放された。
どうやら緊張していたのは自分だけではなかったらしい。

だが、この軍人のことだ。
ただでは引き下がらないだろうと、再度気を引き締める。

「ただし、いくつか条件があります☆」

――そら来た。

予測していたこととはいえ、こうなると段々うんざりして来るものがある。
しかし、その条件を飲まなければここに滞在することは出来ない。
ここは大人しくジェイドの言う条件とやらに耳を傾けた方が良いだろうと思い直した。

「これはラズリにも関係のあることですからね。しっかり聞いておいて下さいよ?」

そう言ってジェイドの出した条件は三つ。

一つ、ラズリと自分のどちらか一方が常にルークの傍にいて監視、及び治療を行うこと。(当然のことだ)
二つ、ルークの状態を窺いながら、〝リア〟のアジト内において何があったのかをそれとなく聞き出すこと。

「そして三つ目ですが……、これを常に所持して頂きます♪」

にこやかに笑う彼から手渡された物は、通信機と思われる音機関だった。
それはルークを救出する前に渡され、返しそびれていた通信機によく似ているが、それよりも少しだけ大きい。
どちらにしろ、リドが作ったものであることには間違いはないようだが。

「大佐、それは……」

ティアが驚いたような表情で、ジェイドが持っている物を見ている。
見ればナタリアも同じように驚いていた。
その素性を知っているのはその二人だけのようで、ガイとアニスは興味津々な様子でジェイドの手元を見詰めている。

「えぇ。リドに特別に作って頂いたものです。彼曰く、『どこでも多機能無線機Ver.5.2』 だとか♪」

ジェイドは一同の注目を一身に浴びつつ、にっこりと笑いながらその機関の名前を告げる。

「……そのふざけた名前は良いとして、だ。前に渡されたこの通信機じゃ駄目なのか?」

胸元のポケットから取り出したものは、ルーク救出時から持っている自分の通信機。

「それでは少し不十分なんですよ。
通信範囲は申し分ないのですが、母機に対してのみの発信及び受信しか出来ないようなので」

ジェイドは「これはリドに返しておきます」と言いながら、取り出した通信機を回収した。

「しかし改良されたこの『Ver.5.2』は、同じタイプの通信機と発信・受信が出来るんです。
そしてこれと同じものを、アッシュの分も含めて六つ。リドに用意して頂きました」

――ということは。

「すでにお察しの通り。
残りの五つは、キムラスカ・ダアト・ユリアシティ・レムの塔・グランコクマの所要メンバーに所持してもらいます。
といっても、ここにいるナタリア・アニス・ティア、レムの塔にいるアンバー、そして私なんですがね」

――つまり。

「……あなたが連絡をして来なくとも、私達は〝いつでも〟あなたに連絡がとれるということです♪」

どこか黒い笑みを貼り付けた彼から言われたそれは、
『勝手なことをすることは許さない』といった意味が込められた牽制のように思えた。

(過保護にも程があるだろう……!!)

彼等がルークを大事にしているのは分かる。
この度の一件でルークが酷く傷付いていることを心配していることも。
一刻も早く記憶を取り戻して欲しいと願っていることも。(自分だってそう願っている)

それ故の行動なのか。
それとも単なる嫌がらせか。

(……恐らく後者だろうな)

自分の眉間に見事な皺が復活した。
確かにいつでも連絡が取れることは有難い。
もし何かが起こった時には、迅速に対応することも可能だ。

(しかし――……)

そうして悶々と考え込み始めた自分の目の前では、
ジェイドが(どこから取り出したのか)残りの五つを、先程挙げたメンバーに何かの紙と一緒に手渡していた。

「詳しい使用方法はその紙に書いてあります。
しかしこれはあくまで緊急用ですので、普段は無いものだと思っていて下さい。
この通信機の存在はこれを所持、またはこの一件に関わる人物以外には一切他言無用でお願いします。
常に自分の近くに置き、厳重に個々で管理して下さいね?」

ジェイドのその言葉に、各々が首を傾げた。
何かが引っかかる。

確かにこの通信機はリドの特別製で、言わば瞬時に遠くの人物と連絡がとれる優れ物だ。
よって、とても大事な物だということは分かるが、秘密厳守とする程のことだろうか?
恐らく周囲もそう思っているに違いない。

その疑問を代表してか、「はーいはいはい!」とアニスが勢いよく手を挙げた。

「大佐ぁ。確かに便利な物だし、大切だってことも分かるんですけど、
そんなに厳重に秘密にしないといけないものですかぁ?」

「良い質問ですねアニース☆」

ジェイドは笑いながら右手で眼鏡を押し上げ、ゆっくりと左手をガイの方に向ける。

「そうでもしないと、それを分解してみたいという欲求に駆られる音機関大好き人間や、
良い様に理由を付けて遊ぼうと企む人達がいますからね♪」

周囲の視線が一点へと集まった先には。
「まいったな」と言いつつ苦笑する金髪の青年の姿。

――……その頃グランコクマでは、ブウサギと戯れていた褐色の皇帝がくしゃみをし、
「お風邪を引かれましたか陛下!」とメイド達を慌てさせていたことを補足する。――





(……静かだなぁ)

先まで賑やかだったのが嘘のようだ。
仲間達全員がこの部屋から出て行ったのだから、仕方がないといえばそれまでだが。

(まぁ……ちょうど良いか)

目覚めてからというもの、目まぐるしく事態が動いていた為、一人でゆっくりと考える時間が欲しいと思っていた所だった。

何気なく左手を目の前に翳[かざ]して振ってみる。
やはり、見えない。
振っているということは認識できるのだが、視覚で確認出来ないということに違和感を覚える。

――視力と記憶の喪失。

シュウ(医師)からそう説明されはしたが、今いち自分のことだと思えない。

完全に記憶がない訳ではない。
詳細は思い出せないが、仲間達の名前は覚えているし、朧気ながら旅をした思い出だってある。
ローレライの力によって女性化したことも、そこから先も。

(〝リア〟のアジトでされたことだって……ちゃんと覚えてるのに)

何人もの男達に囲まれながら、良いように扱われたことも覚えている。
レプリカの少女が、モルダの手によって目の前で消されたことも。
気を失う直前までモルダと話していたことも。

――それなのに。

(どうして……〝辛く〟ないんだろう)

人から見れば、耳や目を背けたくなるようなことをされたということは分かる。
現にアッシュが激昂していたので、自分は相当酷い扱いを受けたのだと。

しかしそこまでなのだ。

その記憶が〝悲しい・苦しい・辛い〟といった感情に繋がっていかない。
まるで、別の誰かのことのように感じてしまう。
それは一枚壁を隔てて、他人事のように見る感覚に近かった。

(ぽっかり……どっかに穴が開いたみたいだ)

自分の感情の一部分だけが、無くなったような気がする。
掴もうと手を伸ばしても、空を切るような。

――何故。

何か釈然とせず、すっきりとしない気持ちが胸中に渦巻いていく。

釈然としないといえば、もう一つある。
それは、自分の〝名前〟についてだ。

自分の名は〝ルキア〟。
ローレライによって女性化した時にそう決めた。

(……はず、……だよな?)

どうもその辺りの記憶が怪しい。

〝ルキア〟という名がおかしいという訳ではない。
ラズリも仲間達もちゃんと呼んでくれている。
では何故、どうして彼だけが呼んでくれないのだろう。

(照れ臭い? いや……違うな)

女性を名前で呼ぶことが苦手なのだろうかとも思ったが、ナタリアやラズリの名前はちゃんと呼んでいた。

(うーん……。名前を呼びたくない程俺が嫌い、とか……?)

それ程嫌われているなら、最初から自分の見舞いになど来ないだろう。
それに彼が話す口調からは、自分を嫌悪するそれは感じられなかった。

となれば〝何らかの理由〟があって、あえて自分の名前を呼ばないということだろう。

(……ひょっとして……)


――自分には、もう一つ名前があるのではないか?


考えてみれば、それは当然のことだった。
間抜けなことに今の今まで気付かなかったのだ。

〝ルキア〟という名前は女となってから決めたもの。
ならば男だった時の名前があるはず。彼等と共に旅をした頃の名前が。

だから彼は、〝ルキア〟と呼んでくれないのではないか。

(前の俺の名前……何て、言うんだっけ……?)


思い出せ。

仲間達と旅をしていた時。
アッシュとレムの塔で再会した時。

自分は何と呼ばれていた?
彼は何と呼んでいた?

 

――『……!』――


思い出せ!


――『……ク!!』――



――ズキン



「……い……ってぇ……!」

後もう少し、という所で突如訪れた頭痛によって思考が遮られた。
もう一度思い出そうと試みるが、やはり頭の痛みがそれを食い止める。


「どうして……」



自分のことなのに、どうして思い出せないんだろう。



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ちおり
性別:
女性
自己紹介:
赤毛2人に愛を注ぐ日々。