「急に頭痛が」とそのままの状態で呻く。
あまりに苦しそうなそれを見ていられず、シュウを呼びに行くと言いながら立ち上がる。
だが、それを阻止するかのように自分の服の裾をルークの手が掴んだ。
「呼ばなくて、良い。大分……治まって来たから……」
「ルキア……」
ルークは何故か頑なにそれを拒んでいるようだ。
こうなると無理強いをする訳にもいかない。
――仕方が無い。
若干開き直った自分は、少しでも楽になれるようにと背筋をさすり始める。
幾分かマシになったのだろう。
そうしている内に呼吸も安定し、顔色も元の色を取り戻して来た。
「……ありがとな、ラズ。……もう大丈夫」
ルークはふぅ、と一つ溜息をついてゆっくりと立ち上がる。
その身体を支えるようにして、そのままベッドへと誘導して座らせた。
「……後でちゃんと医師に診てもらいましょう?」
まだルークは病み上がりの身。
さらには一時的にとはいえ、視力と記憶の喪失という障害が残っている。
そんな状態である今は、例え小さなことでも見逃す訳にはいかないのだ。
「ちえっ。分かったよ……」
ルークはまだ少し渋っていたようだが、こちらが折れずにいるとようやく了承の意を示した。
拗ねた顔を治めるように頭を軽く撫でてやり、ラズリは近くにあった水差しから水を汲みながら考える。
(以前の記憶……)
それを思い出そうとすると起きる頭痛。
まるで、思い出させまいと邪魔をするかのように。
(でも……、ルークは〝リア〟内部で起こったことは覚えていると言ったわ)
ちぐはぐな記憶。
気になることは沢山ある。
何故全ての記憶を失わずに、その一部――しかも〝ルーク〟であった頃の、
〝ルーク〟が所持していた一部の記憶だけが抜け落ちているのだろうか。
(抜け落ちた記憶には、一体何が……)
――カタン
水差しを元あった場所へと戻し、水が入ったコップを手渡した。
ルークは「ありがとう」と小さく呟いた後、そろそろとそれを口へと運んでいる。
まだ感覚が掴めていないのだろう。
その様子を見守りながら再び思考に耽る。
〝ルーク〟の時のことはある程度本人から聞いているとはいえ、
その情報量は小説でいう〝あらすじ〟程度のものでしかない。
それにルークの口から聞いたことだ。
重要な部分は隠していると思って良いだろう。
しかしこのままでは、一体どこからどこまでが抜け落ちているのかが分からない。
――ルキアの奥底に隠されている記憶。
何故だか分からないが、きっとそれが〝ルーク〟へと辿り着く為のきっかけとなるはずだと、
自分の中で確信めいたものがあった。
ルークが隠している記憶については、後で彼に聞いてみようと思う。
もちろん簡単には話してくれないだろうけれど。
(長期戦になりそうね……)
ルークに気付かれないように溜息を一つつきながら、飲み終わったコップを受け取った。
「……? 何か騒がしいな」
そして、その不思議そうな声によって自分の思考は断ち切られた。
同時に、部屋の外から幾人かの足音が聞こえる。
それと共に聞こえて来たのは、聞き覚えのある黄色い声。
「あぁ、難しい話をしていたようだから私は先に出て来たのだけれど……。話しが終わったのかしら?」
とりあえず今は、何をするにも不便であろうルークの暗闇の状態を少しでも快適なものとなるように努めよう。
そう決意し、一時の別れの挨拶をしに来たと思われる仲間達を出迎えることにした。
ある程度の情報交換が終わった仲間達は、それぞれがやるべきことをする為に各地へ戻る準備をしていた。
その中で帰る前にと、ティア、ナタリア、アニスの三人はルークの部屋へ別れの挨拶をしに行くようだ。
――何故かその手にメモとペンとメジャーを持って。
(……メジャー?)
同じくそれを見たガイも首を傾げていた。
ジェイドはシュウと話があるらしく、それが終わるのを待つ時間を持て余していた自分とガイは、
三人が握る持ち物達の使用用途が気になり、着いて行くことにした。
女性三人が楽しそうな雰囲気を漂わせたままルークの部屋の前に立つ。
しかし、「殿方はここでお待ち下さいな」とナタリアに笑顔で(しかし有無を言わさぬ勢いで)言われた為、
自分とガイは大人しく外で待つことになる。
そうして女性三人組が部屋へと入った数分後。
「うわっ! お前ら何で服脱が――!? ちょっ、どこ触ってんだよ! ティア! ナタリア! やめろってアニスー!」
「わっ……私まで――!?」
部屋に居るであろう二人の悲鳴が聞こえたのは気の所為ではない。
「一体中で何が」と言わずとも、握られていた持ち物達がその威力を最大限に発揮されていることを悟った自分とガイは、
何とも微妙な雰囲気でその祭典が終わるのをひたすら待つしかなかった。
そうしている内にジェイドが合流し、何かをやり遂げたような素晴らしい笑みを湛えている女性陣達と合流した後、
自分とラズリ以外の仲間達がいよいよベルケンドを離れる時が来た。
ルークはまだ部屋から出ない方が良いだろうとの判断でラズリと共に部屋に残り、
見送りには自分だけが立ち会うことになった。
ノエルがアルビオール出発の為の調整をしている間に、女性三人組に呼ばれてそちらへ向かう。
近付いて行くと、その手には先程活用した(と思われる)メモとペンが握られていた。
ふとした拍子にメモの内容がちらりと見えたが、
乱雑に書かれている数字の羅列に思い当たる節があり、自分は慌ててそれから目を逸らす。
「見ていない見ていない」と誰にともなく心の中で呟いていると、ナタリア達がにこやかに話しかけて来た。
「ルークとラズリのことなのですが……。
ここに残るとはいえ、さすがにあの服のままでは色々と差し支えがあるでしょう?」
至って楽しそうに笑う王女。
「これから外に出歩く為の練習をするというのなら、尚更だわ」
いつもクールな表情を保っている女性が、心なしか浮き足立っているように見える。
「という訳でぇー! 後でアニスちゃん達が適当に見繕った服を届けちゃいまーす☆ 」
今やダアトの上層部の一員となっている少女がおどけたように言う。
ナタリアが「バチカルに戻って、あの二人に似合う服を三人で一緒に選びますの」と言いながら、
きゃあきゃあと三人で話している風景を見て悟る。
(やはり、先の悲鳴はあれが原因か……)
恐らくあの道具達で身体の寸法を測られていたのだろう。
しかも女性三人に囲まれ、視力を失っている為に何をされているのか分からない状態で。
――元が男なだけに、その行為は相当なショックであったはず。
(……悲惨だな……)
もし自分がルークの立場になったなら――と考えた所で頭を抱える。
自分がそんなことをされようものなら、激昂した挙句に部屋から追い出し、しばらくは部屋から出ようとしないだろう。
少し同情の念を抱いていた自分の傍らで、
和気藹々と三人で話し込んでいたナタリアが「いけない、言い忘れることでしたわ」と話しかけて来た。
「ルークの服を届けさせる時にアッシュの荷物も送るように致しますので、
何か必要な物があれば今の内に仰って下さいな」
その心遣いはありがたかった。
こちらも一日中ずっとルークの治療に付き添う訳ではない。
服は街で入手可能だったが、さて治療以外の余った時間をどう過ごすかと考えあぐねていた所にこの申し出。
ならばと、部屋にある服を数着と処理を急ぐ公務の書類、他に暇つぶし用の本を数冊、ナタリアに頼んだ。
「どの道、近い内に一旦バチカルには戻るつもりだ。だから少な目で構わない」
というのも、ここで一度顔見せついでに両親に報告をした方が良いだろうと考えていたのだ。
(こちらからの定期的な報告は耳にしているだろうが……)
どこか疲れたようなあの憂いを、少しでも楽にしてあげられたら。
自分はベルケンドから飛び立つアルビオールを見上げながら、空の向こうにいる母国の両親を想った。
――第六章 Stagnate 完――