ずっと背中合わせだったもの。
向かい合った時に訪れるのは。
「「どうした「んですか?」?」
「「アンバー?」」
うろたえる自分の前に、レムの塔内の状況を教えろと言わんばかりの物凄い笑顔が二つ並んだ。
その背後から発する末恐ろしさに、ついに観念せざるを得なかった。
〝これは自分達レプリカの問題で、被験者であるジェイド達には関係のないことだ〟と思っていた。
しかしここで話さなければ、いつまで経ってもこの二人は自分を解放しないだろうし、また、するつもりもないだろう。
(皇帝陛下がのらりくらりと自分の質問をかわしていたのはこの為か?)
睨まれるような視線に促されるようにしぶしぶと席につき、通信機の向こうにいるリドと共に説明を始める。
「実は最近、被験者とレプリカとの間で小さな諍いが起こり始めている」と切り出すと、
ジェイドの表情がやはり、といったそれへと変わる。
そう、それはちょうど一週間前に、ジェイドが例として自分に投げかけた質問そのものだったのだ。
「……まぁ、街の完成が近くなって来たから、周囲が浮き足立ってるのもあるんだろうけどな。
大半は……不安になって来たんだと思う」
「不安……と、言いますと?」
「〝自分(レプリカ)達は被験者達と共存できるのか〟ってことが、だよ」
以前は〝街の建設〟という一つの目標に向かい、レプリカと被験者が協力し合っていた。
しかし、あれからさらに新しいレプリカがレムの塔に入ったこともあり、
街の建設が完成に近付くにつれて不安が募ってきているのではないかと自分なりに推測していた。
――本当に被験者との共存が可能なのか。
――いつか、自分達(レプリカ)をここから追い出してやろうと考えているのではないかと。
『まぁ原因は十中八九、今回の事件だと思うんだけどね』
リドの口から、レムの塔にいるレプリカ達には今回の事件に関しての一切を伏せていたことが伝えられる。
それを聞いたガイが、「それは懸命な判断だ」と横から同意をして来た。
「折角、被験者とレプリカ達が協力し合って街を作ろうと頑張ってるんだ。
事件のことが発覚すれば、その協力体制が崩れてしまうかもしれないしな」
『そう。だから僕達も必死になって隠してたんだけどさ。
困ったことに、それがどっからか漏れちゃったみたいなんだよね』
通信機の向こうから大きな溜息が聞こえる。
あれ程情報の漏洩には気を付けていたというのに、一体どこから情報が漏れたのか。
まず、こちら(レプリカ)側の主要メンバーはそんなことはしないと言って良い。
自分の首を絞める(街の建設を妨げる)ようなことは絶対にしないと分かっているからだ。
他のレプリカについても、独自に情報を手に入れる手段を持ち合わせていないし、
そもそも情報を流すという行為(会話)が出来るレプリカ自体が少ない。
――となると、考えられるのは。
「工事関係者、もしくは護衛に当たっていた……被験者側の可能性が高いわね。
時期的には大佐が提案した健康診断の辺りかしら……」
右手を口元に添えたティアが、自身の考えをなぞる様に推測した。
「あぁ、その線が近いだろうな。
……幸い今は軽い噂が流れているだけで、事件の詳しい内容までは広まっていないようだが……」
と、そこまで言った時。
今まで黙って周囲の意見を聞いていたジェイドと、その隣にいた皇帝陛下が口を開く。
「……衝突が起こったのは、それが原因かもしれませんね」
「ああ。そんな所だろう」
――良かれと思って隠していたことが、被験者とレプリカの衝突の原因?
「どういうことですの?」
いまいち二人の言っている意味が理解出来ずにいると、それを代弁するかのようにナタリアが聞いた。
「不明確な情報は、不安を掻き立てるには充分な〝要素〟である、ということです。
ある程度打ち解けて来たとはいえ、まだまだ両者の間には隔たりがある。
〝害を為す者か、為らざる者か〟と互いに見定めている状態で、
レプリカ……ここではルークのことになりますが、が被験者にかどわかされ、
拉致されたという噂が流れるとどうなりますか?」
ジェイドはそう言って、口元に笑みを浮かべたまま周囲を見る。
皆一様に考え込んでいるように見えるが、答えは決まっているようなものだ。
「えっとぉー……私だったら疑っちゃうかも?」
口火を切ったのは、黒髪を二つに束ねた少女。
「でも噂だからって、信じて良いのかどうか悩むだろうな」
『僕達は皆、被験者と比較的仲が良いから、余計にそう思うかもね。
そうでなくとも、実際今までは両者共仲良くやって来たんだし』
「真実がはっきりしない分、一気に疑心暗鬼に陥りますわね……」
「情報が少ないが故の葛藤……。結果的にそれが両者の衝突に繋がったということかしら」
アニスに続けとばかりにそれぞれが意見を述べていく。
その様子を眺めていたジェイドはうっすらと笑っているだけだ。
「いや~皆さん聡い方々ばかりで非常に助かります♪」
意味深な笑顔を貼り付けたまま、彼の中指が眼鏡を押し上げる。
「これに関しては早急に手を打たなければなりません。……が、事件の詳細を公表するには時期尚早です。
こちらとしてもまだ全容を掴めていない部分もありますし。
話すとしても、せめてレムの塔がある島全体を保護区として確立させてからでないと」
自分は一刻も早くあの空気を何とかしたいと思っているのに。
「じゃあどうしたら良いんだ? このまま放っておく訳にもいかないだろう」
事件の詳細を話す訳にはいかないと言うのなら、
レプリカ達と被験者達の溝が広がっていくのをただ見守れというのか。
自分だって今は心底被験者達を憎んでいるという訳ではない。
ここにいる皆と知り合い、接することによってじわじわとそれが緩和されていることを感じているのだ。
――被験者とレプリカの共存。
ひょっとしたら今すぐにとはいかないまでも、時間をかければ叶うかもしれないと思い始めた矢先のことだ。
その為には危険因子は早めに対処しておきたいし、こんな所で新たに生まれた目標を潰したくはない。
自分(レプリカ)達は戦いを望んでいる訳ではない。
ただ静かに、誰にも邪魔されることなく〝生きていきたい〟だけだ。
「解決する〝かもしれない〟方法ならあるぞ?」
ぐるぐるとやり場のない思いを抱えていたら、
大人しく自分達の話を聞いていた皇帝陛下があっけらかんとそう言った。
それは何だと促すように視線を向け、再びその口が開くのを待った。
「簡単な話さ。被験者達とレプリカ達の目の前で〝手本〟を見せてやれば良い。
〝私達は共に生きていけるんです!〟っていうな」
ピオニー陛下はそう言ってこちらを向くと、「誂えたようにちょうど良い奴らがいるだろう?」と笑って軽く片目を閉じた。
(手本……? 誂えたようにちょうど良い奴ら……)
と、そこまで考えて、ある人物達が思い浮かぶ。
――共存できるという手本。
それはつまり、被験者とレプリカが共に行動しており、互いが認め合っている存在達。
それに該当する人物といえば。
〝ルーク・フォン・ファブレ〟と、その被験者である〝アッシュ・フォン・ファブレ〟。
そして〝ラズリ〟と、その被験者である〝ラピス・バジェ〟の二組。
しかしルークの方は、現在治療中な上に性別が変わってしまったので、手本とするには難しいかもしれない。
何より、一時的に視力と記憶を失っているという病人に対してそんな無理をかけさせたくはなかった。
(となると、残るは……)
いつも明るく笑っているラピスのレプリカである、ラズリの姿が自分の脳裏を過ぎる。
ラズリはルークの治療に付き添い、また、サポートをするという形でベルケンドに残っているが、
付き添っているのは彼女だけではなく、ルークの被験者であるアッシュもいる。
彼女があの場から引き上げたとしても、研究所にも幾人か手を貸してくれる人はいるだろうし、
彼がいるのであれば、当面の間は問題ないだろう。
(それに、ラピスの禁断症状もあるしな……)
あの愚図り様は凄かったと、今思い出しても滅入ってしまう。
しかし普段は明るい彼女の違った一面が見えたので、それが少し嬉しかったりもするのだが。
ふっとそんな彼女の笑みが思い起こされ、慌てて頭を振る。
そんなことを考えている場合ではない。
――自分は今、何をすべきか。
先程から感じる皇帝陛下と、その懐刀である軍人からの視線。
きっと、自分は試されているのだ。
位は違えど、民(レプリカ)を守ろうとする立場は同じ。
自分はこの二人に、その為の資格があるのかどうかを見定められているのだろう。
(……よし!)
考えはまとまった。
身体全体をジェイドに向ける。
「ジェイド、頼みがある」
「はい、何でしょう?」
にっこりと笑って聞いて来る。
普段なら嫌気が差すようなその笑みも、こんな時には一番頼りになる気がする。
「ベ……」
「ベルケンドへ行くというなら、アルビオールは待機させてありますよ。
それとも先にレムの塔に行った方がよろしいですか?」
――前言撤回。
やはりこの男は最初から全て分かっていたのだ。
自分もそれとなくそれを感じてはいたが、それを考えると腹が立つだけなので(必要以上に代名詞を使いたくもなる)、
これがこの男のやり方なのだと無理矢理に自分を納得させた。
「……俺は先にレムの塔へ戻って、リド達と一緒に場の沈静化を図る。
その間ジェイド達には、ベルケンドにいるラズリにレムの塔へ戻るように伝えてもらいたい」
研修期間は一週間。
たった一週間だったけれど、自分は多くのものを学んだ気がする。
国の体制や規律だけではなく、レプリカの国の〝これから〟を考える良いきっかけにもなった。
もし、何も知らない状態であのまま突っ走っていたらどうなっていたことか……と、
それを考えるとジェイドがこういう機会を与えてくれたことについては感謝する他ない。
「アンバー」
リドとの通信を切った後、先に仲間達が部屋から退室していく。
その一番後に退室しようと一歩を踏み出すと、傍にいた皇帝陛下から声がかかった。
振り向くと、褐色の皇帝は足元にいるブウサギを撫でながら自分にこう言った。
「俺はな。お前に〝王〟にはなって欲しくないと思っているんだ」
「……王、ですか?」
確かに国を作るつもりではいるが、王宮制度は作るつもりはない。
また、例え街の代表者であっても〝王〟と呼ばせるつもりもなければ、呼ぶつもりもない。
この皇帝陛下は一体何が言いたいのだろうかと思案していると、
それを汲み取ったのか、「ああ、そういう意味の王じゃなくてな。考え方が、の話さ」と言って来た。
「〝上に立つ者だから、それを為そう〟とするんじゃなく、"周囲と同じ位置から、それを為して欲しい〟ってことだ」
ブウサギをひとしきり撫で終わった後、顔を上げて戸惑う自分を見据える。
「上にいるとな、どうしても手が届かない所がいくつも出来て来る。
自分が知らない所を統率しようったって、土台無理な話だろう?
皆と同じ目線で、位置で、一緒にこれからのことを考えていくことが出来るのなら、それが一番良い」
ニッと白い歯を見せながら笑う姿に、初めてその皇帝の本質を見た。
同時に、この人は本当は凄い人なのだということを実感させられる。
見た目には何を考えているかは分からないが、その奥には強い意志がある。
それは民を思う気持ちであったり、全てを包み込むような大らかな心であったり。
それらは全て、自分が知らなかったことだ。
この国が何となく温い雰囲気を漂わせている理由が、ようやく分かったような気がする。
「いつか、お前達の国が出来た暁には、俺を招待してくれよ?」
「……その時は、必ず」
「こんなに歓迎してやったんだからな」と胸を張って言う皇帝陛下に、自分は心の底から笑って答えた。
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