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第七章 Trigger 10
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第七章 Trigger 10




止まっていては何も掴めない。

動き出さなければ何も始まらない。




「さて、無事本人の同意も得たことですし……」

レムの塔へ戻ることを承諾したラズリの前に、にこやかな笑顔を携えた赤目の軍人が自分に身体を向けた。

「アッシュ。ラズリが居ない間〝ルークと二人っきり〟になりますが、大丈夫ですよね♪」

「とりあえずお前はぶっ飛ばす」

明らかにからかいを含んだその物言いに、今まで堪えていたものがうっかり外に出てしまった。
言葉と同時について出た自分の腕がジェイドに向かって振り下ろされかけた時、
研究所の奥からぱたぱたという足音と共に、悲鳴のようなものが聞こえて来る。

耳を済ましてそれを聞くと、どうやら悲鳴の出所はルークのようだ。

「ぁぁぁあああアッシューー! ジェイドっ! ガイっ! ラズぅぅうう!」

女性陣の手から逃げ出して来たのだろう、物凄く悲壮な声を上げている。

(あれだけ走るなと言っておいたのに、あの馬鹿……!!)

慌てて声をかけようとするが、それよりも先に「ここですよルキア」とジェイドが言った。
その声に気付いたルークが、向かっていた方向から器用に方向転換してこちらに駆けて来る。

「あいつら何とかしてくれよ!」

本当に見えないのだろうかと疑ってしまう程、真っ直ぐに走って来たルークは半泣きの状態で、
その身には見事なドレス(ナタリア達が見立てた服の一つと思われる)を纏っていた。
走るなと怒号を浴びせるべく開けた口が、そのあまりの見事さに呆気にとられて閉じていくのが分かる。

「こっ……こっちが……みっ、見えないからって、あれもこれもって、とっかえひっかえ……っ!!
さすがに見えなくても考えるものがあるぞあれは!」

全速力で走った所為か、ぜえぜえと肩で息をしている。
追っ手の姿はまだ見えなかった為、「とりあえず息を整えろ」と声をかけた。
するとルークは、すぐさま自分の方へと小走りに近寄って来る。
その様子は、さながら子犬が主人の下へと駆け寄って来る光景に似ていた。

額にうっすらと浮かび上がる汗で、随分逃げ回っていたことが分かる。
隣にいたラズリが苦笑しながら、懐から取り出したハンカチでそれらを拭ってやっていた。
そうして一息ついたルークが、「そういえば皆で何を話していたんだ?」と聞いて来る。

ここで再びジェイドが「ガーイー♪ ルキアに説明してあげて下さい♪」とにこやかにお願いという名の命令を下し、
やれやれと肩を落としたガイは再度、ラズリがレムの塔へ戻らなければならない旨を簡単に説明した。

聞き終わった後のルークの表情が一瞬曇りはしたが、すぐにラズリがレムの塔へ戻ることに賛成する。

「だってもうちょっとで完成なのに、そんなことで中止にする訳にはいかないもんな!」

「ルキア……」

笑顔でそう言った後、手探りでラズリを探し当てたルークは、その手を取る。
少し強めに握られたその上に、彼女も手を添えることで答えた。

「この状態にも大分慣れたし、それにアッシュもいるんだしさ。俺のことは心配しなくて良いからな?」

「……えぇ。分かっているわ」

ラズリは「皆によろしく」と笑うルークの頭を撫でてやった。
するとすぐに「子ども扱いするな」と膨れっ面を見せたが、しかしそれ以上抵抗する様子はなく、
されるがままとなっている。(少しだけ、それを羨ましいと思ったことは秘密にしておく)

そうして話が一段落ついた頃、逃げたルークを探し回っていた女性陣がこちらに気付いて駆けて来た。

「あっ! いた! ティアー! ナタリアー! ルキアいたよー!」

アニスのその大声に、ルークは「ひっ」と小さく悲鳴をあげてラズリの手を離し、
慌てた様子で何かを探すように両手を漂わせ……そして何故か自分の後ろに隠れた。
本人は隠れたつもりのようだが、如何せんその見事なドレスが自分の体型からはみ出しているので、
あまり効果はない。

「おい……その服じゃ隠れる意味が――」

「――ない」と言いかけて、目に涙を浮かべたルークの状態に溜息をつく。
元男が女に振り回されるとは情けない……とも思ったが、
今のこの状況を考えると同情しか沸いてこない。(自分だって嫌だ)

「もう、急に飛び出して行くんだから……。慌てて探しちゃったじゃない……!!」

「えぇ本当に。それにしても随分達者に動けるようになりましたのね。驚きましたわ!」

アニスの声を頼りに追いかけて来た二人は、まさかルークがあれ程動けるとは思っていなかったらしい。
隙を突いて逃げ出したルークが、何かにぶつかって怪我でもしたら大変だと、
血相を変えて研究所中を探し回っていたようだった。

「あら? その様子ですと、お話は終わったようですわね?」

こちらの様子に気付いたナタリアが言う。
その言葉から、ルークの着せ替え大会が時間稼ぎに過ぎなかったことが分かる。
ちらりとこの目論見を企てたであろう眼鏡の軍人を見るが、いつもの食えない笑顔で返された。

「ちょうど今終わった所ですよ♪」

「ナタリア達も充分楽しんだみたいだな」

苦笑交じりにガイが言うと、やりとげたような笑顔でナタリアが頷いた。

「えぇ、やはり元が良いものですから着せ甲斐がありましたわ! 
本人が見えないというのが非常に残念ですけれど」

「そうだよー! すっっごい似合ってるのにー!!」

「似合ってても見たくねぇし! 嬉しくぬぇ!!」

惜しむように見詰める女性陣達に、ルークが自分の後ろから小声で抗議した。
しかしこの場にいる誰もが「似合っている」と豪語する中では、その効果は薄かったようだ。

「ではラズリ。私達はここで待っていますので、支度をお願い出来ますか?」

ジェイドの言葉にこくりと頷いたとラズリは、すぐさま自室へと走って行く。
その間、ルークは久し振りに仲間との時間を過ごす。(といっても他愛もない会話をする程度であったが)
レプリカの街の建設状況から始まり、アンバー達のことや現在の世界の情勢など、
終始笑顔で仲間達との会話を楽しんでいたようだ。

「お待たせしました」

そうして半刻程が経った頃、支度を終えたラズリが荷物を抱えて戻って来た。
「早かったな」と驚いていると、元々持参した荷物が少なかったお陰らしい。
それでも少し重そうに抱えている。

それを見るなりガイは、「持って行ってあげるよ」と鮮やかにラズリの荷物を掻っ攫った後、
あっという間にアルビオールへと運んで行く。
その紳士とも言える行動に少し驚いた顔を見せているラズリの隣で、
「あれって無意識でやってるから怖えぇよなぁ」とルークが呟いた。
女性恐怖症の癖に女性にもてるのは、ああいう態度が原因なのだということを本人は自覚しているのだろうか。

「ルキア」

「ん?」

懸命に奉仕するガイの後姿を眺めていると、隣でラズリがルークを呼ぶ声が聞こえた。

「……無理せず、頑張ってね?」

「うん! ラズもな!」

何気なく視線を移すと抱き合った状態の二人が、簡単な別れと再会を誓い合っていた。
それが終ると今度は、戻って来たガイとジェイド達からもまた来る旨を伝えられる。

そして日が傾き、夕焼け色に空が染まり始める頃、
ラズリを乗せたアルビオールはがベルケンドから飛び立っていく。

飛行機関から出る僅かな軌跡を目で追う。

これでやっと静かになる……と思っていた自分の横で、
ルークはアルビオールの飛行音が消えてもじっと空を見上げていた。
何かを考えているように見えたので、少しの間黙っていたが、
このままでは風邪を引いてしまうと、そっとその肩を叩いた。

「……もう良いだろう。中に戻るぞ」

「うん……」

やはり実際に居なくなると寂しいものがあるのだろう。
いつもより少し元気がないように思えた。
ラズリならば適確な励ましの言葉をかけるのだろうが、生憎自分はまだその体制が出来ていない。

「……そんなに落ち込まなくても、いずれ会えるだろうが」

精一杯考えた末に出て来た、ありきたりの励ましの言葉をかけてみる。

「……そうだよな。俺にはアッシュが居てくれるし、頑張らないと!」

しかしその想いは充分伝わったらしい。
「よし、明日から特訓だー!!」と、先程とは打って変わって意気揚々と自室へ戻って行くルークを見ながら、
『そういえば明日から二人きりなのか』と今更動揺し始める自分がそこにいた。


そして、ラズリがレムの塔へ戻ってから二週間が経った頃。
『ベルケンドの街を歩いて制覇する!』というルークが打ち立てた当面の目標に、
とことんまで付き合わされた日の夜のこと。

自分が借りている宿の自室で剣の手入れをしていると、机の上に置いてあった通信機が鳴った。
何事かと思いながら、急いで応答ボタンを押す。

『アッシュか?』

通信機から聞こえて来たのはアンバーの声。
しかし問題はその気軽に思える声質。

(……この通信機は緊急連絡用じゃなかったのか?)

肩を落としながら返事をすると、その不機嫌さが伝わったのか、「夜遅くにすまないな」と一言謝られてしまった。
そんなつもりはなかったので慌てて構わない旨を伝えつつ、何の用だとアンバーに聞く。
とりあえず、緊急の連絡ではなさそうだ。

『本当ならこんなことでコレ使っちゃ駄目なんだろうけど、どうしても言っておきたくてさ……』

そう言ってアンバーの口から、レムの塔の近況が語られていく。

あれから、ラズリが戻ったことでレプリカ達の不安が徐々に解消され、
今は特別大きな抗争が起こることもなく順調に工事が進んでいるという。
それに加えて、ラピスの〝禁断症状〟も治まったと改めて礼を言われた。

「そうか、良かったな」

これで一先ずレムの塔の方は、街が完成するまで特に大きな動きはなくなったという訳だ。
内輪でのことなら今までのように彼らが何とかするだろうし、外交に関しては仲間達が動いていることだろう。

『だから、こっちのことは心配しなくて良いってルークに言っておいてくれ』

「分かった、伝えておく。用件はそれだけか?」

『いや、まだ……何かラズリがアッシュに言いたいことがあるってさ』

『すぐに代わる』とアンバーが言った後に、聞き慣れた声が聞こえて来た。
「久し振り」と互いに軽く挨拶を済ませ、早々に本題に入る。

内容はルークのサポートについてのことだった。
要は引継ぎのようなもので、本来ならもっと早くに伝えておくべきだったのだが、
色々とごたついていた所為で話しそびれていたらしい。

自分もそれは分かっていたので特に気にはしていなかったし、
伝えられたサポートの内容もある程度実行していた為、参考に聞き留める程度で済んだ。
その後「今も宿に泊まっているのか」と聞かれたので、「そうだ」と答えると、
『それなら私が使っていた部屋を使えば良いわ』と言われてしまい、返答に詰まる。

『私物は元々そんなになかったし、出て来る時に粗方持って来たから綺麗なものよ?
まぁさすがに、彼女達からもらった服は衣装棚に仕舞ってあるけれど。
それが気になるようなら、後日まとめてレムの塔へ送ってくれても……』

「……ちょっと待て」

自分の記憶が正しければ、彼女が使用していた部屋はルークの部屋の隣だったはず。
確かに近くにいた方がサポートしやすいし、
ルークの記憶が戻る何らかの〝きっかけ〟が起こった場合の対処もしやすいだろう。

(断る理由は……ない)

が、何となくそうすることに躊躇いが残る。
というのもルークは、元は男だったとは言え今は女性体なのだ。

果たして男である自分が、そこに身を置いて良いものかどうか。
未だ自分は、ルークを〝女性〟として扱うべきか否かを悩んでいるのだ。




(良い加減自覚して欲しいものだわ……)

通信機の向こうにいる彼から、返事が返って来ないことに溜息をつきかける。
気持ちは単純なのに、どうして思考はこんなにも複雑なのか。


――そうして悩む時点で、すでにルークを〝女性〟として扱い、大切にしているということなのに。


「そうやって悩む気持ちも分からないでもないけれど、
このままじゃ〝ルーク〟を取り戻すことは難しいかもしれないわよ?」

『……どういうことだ?』

(本当にとことん鈍いわね……)

こうなると、彼の表情や行動の方がよっぽど素直だと思う。

ちらりと横を見るとアンバーも苦笑していた。
ほら、彼にだって見透かされているではないか。

自分は温厚な方だと思っていたが、こうも鈍いと少し苛ついて来るものがある。
その所為か口調が段々と荒っぽくなって来た。

「その理由はその内分かると思うわ。
でも、そうね……どうしても部屋を移動する〝正当な理由〟が欲しいというのなら、
〝宿の亭主にこれ以上迷惑をかける訳にはいかない〟とでも考えておいたらどう?」

『……』

「言いたいことはそれだけよ。夜分遅くにごめんなさい。あなたも無理しないようにね。じゃあまた」

早口でそう言い終ると、これ以上話しても無駄だとばかりに、向こうの返答を待たずに通信を切る。
今までの経験から、話せば話す程彼は意固地になっていくことが分かっていたからだった。

(踏み留まったままでは、何も始まらないのよ)


――かつて自分がそうだったように。


ふう、と溜息をつくと、隣にいたアンバーがしみじみと呟いた。

「ラズリ……お前、何か……ジェイドに似て来たな……」

「……心外だわ」

感心するように頷くアンバーを横目に、一度自分の態度を見直すべきかもしれないと思いながら、
通信機の向こう側で舌打ちをしているであろう彼を思う。

(これで少しは……進展があるかしら?)

会議室から見える夜空の星の一つが、それに答えるように光ったように見えた。



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プロフィール

HN:
ちおり
性別:
女性
自己紹介:
赤毛2人に愛を注ぐ日々。