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第七章 Trigger 外伝 Rido 01
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第七章 Trigger 外伝 Rido 01





昔から自分は、ひたすら前向きに生きていた。

だからあの時、この名を受け継ごうと思ったのだ。




部屋中に紅茶の香りが漂う。
徹夜明けだと言う彼が淹れてくれた紅茶は、いつも絶妙な配合で、
普段それを淹れてくれる彼女とはまた違った香りを醸し出していた。

会議室の中には、現在紅茶を淹れてくれた彼と自分の二人きり。
先程までここにいた被験者の仲間達は、我らがリーダーと共に今頃は空の上だ。

手に持ったカップの前で、ゆっくりとその湯気を香りと共に吸い込む。
じんわりと胸の奥までそれを堪能した後、次に来るであろう熱さに身構えた所で、
目の前に座っている彼――レピドが眠そうな目で話しかけて来た。

「そういえばリドって、どうしてここに来ようと思ったのぉ?」

その突拍子もない質問に、目を見開く。

――ここではお互いの過去は詮索しない。

それは、誰が意識した訳でもないここでの暗黙のルールとなっていた。
しかしたった今、目の前で眠そうな顔をしながら呑気に紅茶を啜っている男が、
それを見事に打ち破ってくれた。

その質問にはあえて答えず、視線だけをそちらへやる。
すると、自慢の髪を弄んでいた彼が慌てて言い訳を始めた。

「あ、別に他意はなくてェ、ほらリドってば凄く器用じゃなぁい? 
その腕一本あれば、人間達の中に混じって暮らせていけたでしょうにっていう、ただの純粋な興味よぅ」

別にそれを聞かれた所で、気分を害する程の過去を自分は持ち合わせていなかったが、
慌てふためく彼の反応が面白かったので、ついつい黙ってしまっていた。

「き……気に障ったのなら謝るヮ。だから黙らないで下さいお願いしますゴメンナサイ」

普段お喋りな自分が黙ってしまうことが、余程恐ろしく感じられたのだろうか。
あっという間に顔を青くして冷や汗を流しながら謝って来る彼に、笑いながら別に怒ってはいないことを告げる。

「レピドの反応が面白かっただけだよ。気にしないで」
笑って答えると、「それなら良いんだけどぉ」とレピドが心底安心したように言った。

(ここに来た理由かぁ……)

「……特にこれといった特別な理由はないんだけど……。
強いて言うなら……〝家〟が欲しかったのかなぁ」

「家?」

「そ。〝自分だけの家〟」



自分は昔から、他と比べると前向きな性格をしていた。

レプリカが世界に蔓延し、人々から疎まれていた頃。
自分がようやく言葉というものを理解出来るようになった頃のことだ。

日がな一日責め立てて来る人間達から逃げ続け、
さらには途中まで一緒に逃げて来た仲間達と逸れてしまい、
ほんの少し、これから渡ることになるかもしれない死線を感じとっていた時。

ダアトで知り合った同胞から教えてもらった、名もない小さな漁港。
そこで視界の隅に映った造船工場。
その圧倒的な存在感に目を奪われた。

しかし気を取られたその一瞬の隙を付かれ、追い付いて来た人間達に視界を遮断される。
だが、無理やり閉ざされた目蓋の裏には、いつまでもその映像が鮮明に残っていた。


目が覚めると、真っ先に天井が見えた。
続いて立派な髭を鼻下と顎に生やした……世間的にはおじいちゃんと呼ばれ始める頃だろうか。
それぐらいの歳程の男性の顔が見えた。

「気が付いたか?」

うっすらと見える視界の中で、髭を生やした男はこちらを見て笑う。

「お前さん、ズタボロんなってうちの玄関先に倒れていたんだよ」

「…………」

この人間は、自分がレプリカだと知って家に入れたんだろうか。
だとしたら物凄い善人だなと、覚醒しきっていない意識下で思う。

男は自分の答えが返って来ないことに困ったのか、頭をポリポリと掻いている。
そしてその後、小さく感心したような声が聞こえた。

「しっかしまぁ、世の中には似ている〝人間〟が三人はいると聞くが……」

――前言撤回。

どうやら自分がレプリカである云々よりも、レプリカそのものの情報が頭にないらしい。
これだけ世界にレプリカの存在が知れ渡っているというのに、
その情報が伝わらない程、ここは世界の奥地にあるのだろうかと思ったが、
倒れる寸前まで追って来た者達のことを思い出し、それはないとすぐに否定する。

「起きられるか? 腹も減ってるだろうと思ってな、食事を持って来たんだが」

男の片手に乗せられたお盆から、ふわん、と漂う匂い。
鼻をくすぐるそれはあっという間に自分の胃腸を刺激し、今まで息を潜めていたものが活動を再開した。

――ぐぎゅるるる

場にそぐわない音が自分の腹から鳴った途端、かっと頬が赤くなる。
それを見た男は豪快に笑った後、遠慮せずに食えとばかりに食事を乗せたお盆を押し付けて来た。

――こんな待遇は二度とないかもしれない。

そう思った自分は、大人しくその行為に甘えることにする。

盆の上に置かれていたスプーンでスープを一掬いし、口先に運ぶ。
ひょっとしたら毒が入っているかもしれないと思いもしたが、それよりも空腹の方が勝っていた。

ええいままよ、と思い切り口に流し込む。
何回かそれを繰り返し、毒がないことが分かると、後はもう歯止めが聞かなかった。
スプーンを持っている右手が、忙しくお盆の上と口元を行き来し始めた。

「それにしても、何であんなとこで倒れてたんだ?」

がつがつとかっ込むように食事を終らせ、ようやく一息ついた頃。
それを見計らったように男が事情を聞いて来た。

さて、何と説明しようか。
「お前達人間に暴力を振るわれて倒れていました」と言えば、この男はさぞかし驚くことだろう。
しかし反対に、こうして助けてくれたのもまた人間であるこの男で。
それに少しばかり感謝の意を添え、無難に空腹で倒れていたことにしようと説明するべく、口を開ける。

「……っ……!?」

――が。

困ったことに声が出ない。一体どうしたというのだろうか?

慌てて喉に手をやると、ズキンとそこに痛みが走る。
恐らくあの時、ここへ来るまでに何人かの男達に暴力を受けた時、喉もやられてしまったのだろう。
これではしばらく声を出せそうにない。

「あぁ……やっぱり出ないか。喉はかなりやられてたからなぁ……」

痛みに顔をしかめた自分に、「あまり触らない方が良い」と男が言う。
触れた指の先には包帯の感触があり、そこで初めて自分がきちんと手当てをされていることに気が付いた。
改めて見ると、身体の至る所に包帯やガーゼが貼られている。
それを見て驚いていると、溜息交じりに「しょうがねえな」という声が聞こえた。

「……行く所がないんなら、治るまでうちにいても良いぞ?」

それを聞いて再び目を見開く。(先から驚いてばかりだ)

それは願ってもない言葉だった。
しかしその好意は、彼が自分を〝人間〟だと思っているからこその発言だろう。
自分がレプリカだと分かれば、たちまちここから追い出されることに間違いはない。
だが、かといってこの状態で外をうろついて、再び暴力の嵐に巻き込まれるのはもう御免だった。

ならばそれまで。
この喉の痛みがとれ、話せるようになるまでは。
自分が人間に成りすましてみるのも悪くない。


――『〝人間〟なんて、簡単なものさ』――


ここでふと、ダアトで知り合った自分と同じ年頃のレプリカに言われた言葉を思い出す。
態度や表情はこの男を真似るとしよう。
さすがに言葉遣いは、年齢を踏まえるとやめておいた方が良いかもしれない。
幸いにも喉がやられているので、しばらくは話さなくてすむ。

そうしてしばらく考えた後、自分は大きく頷いた。
早速身に付けた〝笑顔〟を顔に貼り付けて。


男の名は〝アゲート〟と言った。
家族はすでに亡く、軽く三・四人は住めそうな家にたった一人で暮らしていたらしい。

それは好都合といえば好都合だったが、一人で生きていくことの寂しさを考えると、
少しだけ同情を感じざるを得なかった。
自分もそうであったから。

そしてなんとアゲートは、自分が目を奪われた……言わば自分をこの状況に陥れたきっかけでもある、
あの造船工場で働いているらしい。
しかも、結構な上役の位置におり、部下からは〝親方〟と呼ばれて親しまれているとか。

歩き回れる程にまで回復した頃、アゲートが見立ててくれた服に身を包んだ自分は初めてそこに連れられて行った。
するとすぐに彼の姿を見かけた職人達が何人か近付いて来る。
親しまれているというのは本当のことのようだった。

あちこちから響き渡る音。せわしなく飛び交う声。
そして何より、目の前で出来上がっていく大規模な譜業の船。
その全てに圧倒された自分は、レプリカの分際でこんな所にいて良いのだろうかと急に不安になる。
それを宥めるかのように、アゲートの手がふわりと自分の頭を撫でた。

――大丈夫、怖くない。

大きな手のひらがそう言っているような気がした。
そうされている内、自分の中にあった不安があっという間に消えていった。

戸惑いがちにアゲートの大きな身体の後ろからこっそりと顔を出すと、それを見た職人達に酷く驚かれた。

「親方……その子……」

「ん? あぁ、どうやら親とはぐれたらしくてな。
喉を怪我しているみたいだから、話せるようになるまでうちで預かることにしたんだ」

「苛めてくれるなよ?」と彼が笑う。
職人達は戸惑ったような表情で、自分と彼を交互に見詰めている。

ひょっとしてレプリカだとばれたのだろうかと、内心ハラハラしていた自分は、
とりあえずにっこりと笑って愛嬌を振り撒いてみた。
それが効いたのか、それともアゲートへの信頼の厚さかは分からないが(恐らく後者だ)、
職人達は皆納得したように「よろしくな!」と自分に声をかけて来る。

しかしそれでも、その内の何人かは悲しそうな表情でアゲートを見ていたことが少し気にかかった。


それからというもの、自分は終始笑顔でいるように努めていた。
これはレプリカと気付かれないようにする為の手段であったはずだが、
日を追う毎に、それを意識しなくとも工場の現場作業を見ているだけで自然と笑顔になっていた。

「坊主、ちょっとやってみるか?」

ここの人達は皆(アゲートも含め)、話せない自分を総称して〝坊主〟と呼んでいる。
(もちろん名前を聞かれても、自分には名などなかったけれど)
そして時々こうしては、作業を見学している自分に声をかけてくれるのだった。

もう一つ、これは自分でも知らなかったことだが、自分はこういった作業が〝好き〟であるらしい。
工具を渡されて言われた通りのことをし、上手くいった時に褒められることが嬉しかった所為もある。
ひょっとしたら生まれ持った気質(そんなものがあるのかどうか)かもしれないが。

アゲートや職場の人達は、自分がそれらを手伝うことを止めたりはしなかった。
むしろ目を傷めないようにと、アゲートからはゴーグルを、
他の人達からは(一体どこから手に入れて来たのか)、作業用手袋や帽子などが贈られた。
もちろんそれらは決して良品と言えるものではなく、使い古されたものや、
中にはおさがりといったものばかりだったが、自分にとっては貴重な宝物となった。

それをきっかけに、段々と作業を手伝うようになった自分は順調に経験を積み重ね、
アゲートに拾われてちょうど半年が経つ頃には、工場にある譜業機関を全て扱えるようにまでなっていた。
しかし同時にそれは、別れの時も刻々と近付いてきていることも感じていた。

喉の怪我はとっくに治っている。
ただ後遺症が残ったのか、すぐには声が出せないでいたので、夜中にこっそりと練習していたのだ。
この調子であれば、後一週間もすれば元のように声が出せるようになるだろう。

――そうなれば、自分は。


「お前は本当に譜業機関が好きだなぁ」

ある日、アゲートが豪快に笑いながら、
「こりゃ工場長である俺の位置が危ないな」と自分の頭をわしわしと撫でて来た。
それにつられて周囲も、自分も、笑っている。

自分はここにいることが好きだった。
ここにいる人達が好きだった。

頭を撫でられることが好きだと思った。
この一杯の〝好き〟達を与えてくれた、アゲートが大好きだった。

だからこそ、悲しくなる。
自分がレプリカであるということが。
自分はこの大好きな人達を、騙しているということが。


その晩、窓から月の光が差し込む中。
普段とは違う夜空を見上げて、今までのことを振り返っていく。

アゲートと出会い、初めて工場に連れて行かれた時のこと。
そこで職場の皆と出会い、作業を手伝うようになったこと。
自分がその作業を好きだと思うようになったこと。

手伝った時、ありがとうと言いながら自分の頭を撫でてくれた。
失敗して怒られても、別の誰かが励ましてくれた。
忙しい時期は、皆で一緒に朝を迎えたこともあった。

ここまで生きて来た中で、初めてここを離れることが嫌だと思った。
こんな想いは知らなかった。

それらを教えてくれた人が、人達が、愛しい。

愛しい、から。
大好き、だから。


――〝偽物〟の自分は、ここに居てはいけない。


そう思った。

だから、ここから旅立つ決心をした。
互いの想いが深くならない内に。離れがたいと、思わない内に。


――『〝人間〟なんて、簡単なものさ』――


また、あの子の言った言葉を思い出す。

全然、簡単なんかじゃない。
離れなければという想いと、離れたくないという願い。

こんな気持ちは、決して簡単なんかじゃ、ない。



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HN:
ちおり
性別:
女性
自己紹介:
赤毛2人に愛を注ぐ日々。