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第二章 Chase 07
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第二章 Chase 07




胸の奥の奥。

秘めているのは鮮やかな色の――




 アンバーとの再会を果たした翌日、ルークはラズリと共に彼の呼び出しに応じて会議室へ向かう。何でも昨日の会話に出て来た〝変な芸術家〟という人物との顔合わせのためらしい。
「俺はあんまり会わせたくないんだけどな。向こうが『どうしても!』って言うから……」
 そう言ってアンバーが憂鬱そうに溜息をつく。この塔を持続させるために一役買っているという芸術家は、それほどまでに変な人物なのだろうか?と二人は首を傾げた。
 自分の中で〝変な人〟と言われて思い当たるのは、六神将の一人で椅子に座っているあの薔薇だか死神だかのディストと、変な人――と言うわけではないが、苦手という意味でマルクト帝国の現皇帝ぐらいだとルークは思う。
(まぁ、アンバーが変な人って言うぐらいだしな……)
 一体どんな人物なのかと二人が思っていると、扉の向こうから声が聞こえた。甲高いような、それでいて野太いような声だった。その声はだんだんこの部屋の方に近付き、そして――
「はぁーぃ♪ あなた達が噂の〝蒼焔の守り神〟さんズ? やっだーぁ、二人とも超イイ感じじゃなぁーい☆」
 そう言いながら豪快に扉を開き、その人物はずかずかと中に入って来た。
 薄紫色の髪は長く、所々波打っていて横に流すように濃紫の紐でまとめられている。背は高く――ジェイドと同じぐらいだろうか――、顔立ちも整っていて、第三者から見ても美形であろうその人物はまったくと言って良いほど否の打ちどころがないように思えた。――世間で言うところの〝お姉言葉〟を話すその人物が、〝男〟であることを除いては。
「あぁん、肌もす・べ・す・べ♪ いいわねェー☆ 今度モデルやってみなぁい? 綺麗に描いてあげるヮ♪」
 ふふっと笑みを浮かべるその顔と柔らかな仕草はまるで猫のようだ。
 外見と中身のあまりのギャップに、二人は呆然と――その彼によって頬を撫でられているラズリに至っては、無我の境地に達しているようだが――彼を見上げるしかない。
 固まっている二人の後ろで、アンバーが盛大に溜息をつく音が聞こえた。
「レピド、落ち着け。二人は俺の恩人だと話してあるだろう。丁重に扱えこのオカマ」
「ひっどぉーぃアンバーったら! 私は言葉使いはこんなんでも女の子は大好きよーぉ! それにしてもどこにいるのかしら、私がぐっと来るようなナイスなバディの――」
「――それ以上続けるようなら、お前の自慢の髪をねじり切るぞ」
「んま! 人が折角、一世一代の夢を語ろうってときにぃ……。ま、いいヮ! じゃ、さくっと自己紹介しちゃうヮねェ♪ 私の名前は〝レピド〟。この塔の資金調達の役目をまかされてるヮ――って言っても、私は絵を描くだけなんだけどねェ」
 余りの強烈さに、二人は思わず意識を飛ばし掛けていたが、何とか理性を取り戻してこちらも紹介をする。ルークの隣でラズリが必死の形相をしたまま紹介をしているのを聞きながら、ルークは思う。
(確かにこれは……)
――聞きしに勝る変人だ。
 二人は今までに何人ものレプリカを助けて来たが、その中でこんなレプリカを見たのは初めてだった。自我が目覚めたとはいえ、こんな風になるものなのだろうか。ひょっとしたら、別の何かも目覚めてしまったのかもしれない。
「ルキアちゃんにぃ、ラズリちゃんねェ? 可愛いお名前♪ 二人の髪も素敵ーぃ」
「うふふ」と含み笑いをし、ルークの髪を撫でるその指先から彼女は背中に寒いものを感じる。ジェイドとはまた違う怖さだ。
(うぅ……。でもこいつ背、でけぇなぁ。ジェイドと同じぐらいかな)
 レピドの興味はその髪に向いているようなので、ルークはこれ幸いとちらちらと彼を観察してみる。
 前髪は一部だけ長く伸ばされていて、あとは全て後ろへとまわされ緩くまとめられている。前髪から覗く垂れた目の睫毛は長く、瞳は濃い灰色をしていた。
 彼は楽し気にルークの髪を眺めていたが、ふと何かに気付いたように動きを止める。
「あら? ルキアちゃんの髪って元は緑だったりする?」
――この男、意外と目ざとい。
 危うく引きつりそうになった顔をルークは勢いで笑顔に直し、何とか言い訳を始めた。
「あ、うん。緑だと目立つからな、染めてんだよ。レプリカ達を助けるのに目立ってちゃ後々面倒だからさ」
「えぇー? もったいなぁい。でも色が落ちかけて不恰好だわね。それに何回も染めてるせいで髪も痛んでるヮ。せめてここにいる間でも落として労わってあげなさいよぉ。ここなら被験者達もいないわけだし、目立っても大丈夫でしょ♪ 」
 まったく邪気のない笑顔でそう言われてしまっては、本当のことは言えない。
 どうしようかとルークがラズリに目線をやると、視線だけで「諦めなさい」と言われてしまう。
(確かに最近、染めすぎかなぁとは思ってたけどさ……)
 ルークは視界の前に流れている髪を見詰める。指を通してみると途中でひっかかり、彼の言うように痛んでいるのか手触りもあまり良くない。
 そういえばアッシュの髪はいつもさらさらで、きちんと手入れがされていたことをルークは思い出す。女となった今、そういったことにも気を付けるべきなのだろうか?
「そうだ! 私、良いもの持ってるの♪ これで髪を洗えば綺麗なつるっつるの美髪になるわよぉー?」
「ちなみに洗ったあとの髪の栄養薬もあるわよ♪」と、どこから出したのかいつの間にか彼は洗髪剤と栄養薬を手に持っている。
 もはやルークに拒否権はなかった。
 
 その後、レピドから髪について延々と語られ、二人は拷問とも呼べる時間を何とか耐えてその部屋をあとにする。中ではアンバーの怒声と共に、レピドの悲鳴が聞こえていた。
 ルークはそれを遠くに聞きながら、ラズリに言う。
「……俺、レプリカに対しての意識がちょっと変わったよ……」
「……えぇ。私もよ……」
 そう言って、二人共がぐったりしながら移動する。
 アンバーから「ここにいる間は、塔内部を自由に見て回っていい」と言われていたので、お言葉に甘えることにしたのだ。
 ゆっくりと各階を見ていると、あちこちから寄せられるレプリカ達からの視線に気付く。すでに向こうはこちらのことを知っているのだろう、行く先々でお礼を言われたり、また遠くから拝まれたりもした。
 そんな行動に、少々くすぐったさを感じながら視察を続けて行く。
 塔内部には色々なレプリカ達がいた。
 もちろん中には自我が目覚めていない者もいたが、それは自我が目覚めている者達がちゃんとサポートをしている。また、それが出来るような設備も全て整えられているのだ。その様子は充分街として成り立っているように見える。
 だがそれは現在の人数だからこそ成り立っているのであり、これ以上人数が増えると維持をして行くことは難しいだろう。
 会議室にあった設計図を盗み見た感じでは、レムの塔を囲むようにして街を建設する予定のようだ。それを実行するためには資金と人手がいることは必須。しかし現時点では、この塔を維持するのが精一杯であることはうすうす分かる。
 そしてさらに、二人にはもう一つ気になることがあった。
「ここに街を建設するとなると、世界から目を付けられないかしらね」
「それが心配なんだよな……」
 移動する過程で見付けた簡易休憩所。そこにある椅子に腰をかけ、今まで見て来たことから気になったことを話し合う。
 そうなのだ。もしここに街を建設したとして、果たしてそれが世界に認められるかどうか。
 もしこのまま強行して街を建設した場合、下手をすればレプリカに対して嫌悪を抱いている被験者達が乗り込んで来かねない。それを防ぐためには強大な盾がいる。例えばそれは、ここへ乗り込んではならないという法律の類。そのためには世界各国の許可、そして出来れば世界がここを認めるという〝強固な約束〟が欲しい。
「ねぇ……、〝ルーク〟の仲間は、『キムラスカ王国』、『ダアト』、『ユリアシティ』、そして『マルクト帝国』の関係者が揃っているのでしょう? 彼らから各国の長に連絡をとってもらって、同意を求めるのはどうかしら」
「……それは……」
 その考えはルークの中にもあった。恐らく彼らにこのことを話せば、万事上手く事が運ぶだろうことも分かっていた。
「私達が見て来た限りでは、どの保護施設にも空きがなくなって来たようだし、将来的に見ても彼らの拠点は必要だと思うの」
「……うん、俺だってそれは、分かってる」
 彼女の瞳が、悲しそうに伏せられた。
「……〝ルーク〟……。ごめんなさい、あなたが彼らに会わないと決めていることは……よく知っているわ。その気持ちも分かっているつもりよ。私も、ラピスと会わないと決めているし……」
 祈るように握られる手。
 ラピスも、ルークと同じように葛藤しているのだろう。
「でも、かといってここにいる同胞達を見殺しにもしたくない。……以前あなたに言ったように、私は自分に出来る最善を尽くしたいと思っているの」
 辛そうに言う彼女の言葉に、ルークはつい俯いてしまう。
 どう考えても、すぐに答えは出せそうになかった。
 ルークは「ごめん、ちょっと考えさせてくれ」と言って席を立つ。もう少し、ゆっくりと考える時間が欲しかった。
「じゃあ先に部屋に戻っているわ」とラズリから声を掛けられ、それに分かったと答えて歩き出す。
 レムの塔内の独特の色がルークの視界に入る。
――頭の中では分かっているのだ。そうした方が良いと。
 ラズリの言っていることは最もで、それがここで出来る二人の最善だということも。
 けれど、そうなれば彼らと接触する可能性が高くなって来る。要はばれなければ良い話なのだが、何といっても向こうにはジェイドがいる。ちょっとやそっとの嘘じゃ信じてもらえないだろうし、何よりあの裏で何を考えているのかさっぱり分からないうさんくさそうな笑顔。あの笑顔で迫られた日には、瞳の色と髪の色が逆転しかねない。普通に接するにしても、髪は染めてしまえば良いのだが、この瞳の色までは変えられない。どこかで見た色だと言われれば、自分はそれを上手く隠せる自信がないとルークは思う。
 それ以前に、仲間達を前にして普通に接するなどルークにとっては到底無理な話だ。しかし、身を隠しながら移動したとはいえ、もう彼らには二人の存在がばれている頃だろう。――ということはそれを追い求めて、彼らがここへ辿り着くのは時間の問題。
(それに、きっと)
――あの猛々しく勇ましい、紅い髪を持った彼も来るのだろう。
 ルークはどこへ行くともなく、歩きながら溜息をつく。
 塔に入る前に、自分の気持ちに蓋をしてでも償いをすると決めたばかりなのに。いざ、彼らに会うことになるかもしれないとなったら、途端に崩れて行く脆さや弱さに嫌気が差す。
――会いたい、でも会いたくない。
――こんなに変わってしまった自分を、見られたくない。
 ローレライを解放するまでは男だった自分。でも、今は女になってしまって。〝ルーク〟だった部分は、記憶だけしか残っていなくて。
(アッシュにこんな姿見られたら……絶対、今度こそ完璧に、嫌われる)
――あの紅い髪の彼が好きだ。
 好きだからこそ、会いたくない。嫌われたくない。
 ただでさえ、男だったときにも「劣化複写人間」だの「グズ」だの「屑」だの言われていたのだ。女となった今では、さらに罵声を浴びせられるかもしれない。
(これ以上、嫌われたくないよ……)
 しかし、このままここを放って置くというわけにもいかないことが、ルークをさらに苦しめる。
――償いをしなければならない。残りの人生を全て使って彼らを、世界中を、幸せに。
(俺は、一体どうしたらいいんだろう……)
 考えれば考えるほど答えが出なくなって来る。
 堂々巡りをする思考に次第に足が重くなり、ルークはとぼとぼと歩くようになっていた。そこへ、飛び抜けて明るい声が掛けられた。
「あらぁ? ルキアちゃんじゃなーい」
「偶っ然ねェー♪」と機嫌よさそうに近付いて来たのは、つい先程会議室で強烈な出会いを果たしたレピドだった。
 逃げるように部屋を出て来たが、アンバーからのお説教は終わったのだろうか。
「何だか暗いわねェー、悩み事でもあるのぉ?」
 レピドはすぐに、ルークが思い詰めているような雰囲気を感じ取ったらしい。何でもないと返す彼女に少し考えるような素振りを見せると、次いでにっこりと微笑んで言った。
「……ねェ、ルキアちゃん。良いもの見せてあげよっか♪」
「え?」
 ルークは断る間もなくレピドに手を引かれ、ぐいぐいと押されるように昇降機へと乗せられる。
 向かった先は、レムの塔の最上階。
 
――そこはかつて、ルークとアッシュが一万人のレプリカを犠牲に障気を消した場所だった。



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