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第二章 Chase 08
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第二章 Chase 08




少しずつ、少しずつ見えて来る。

もう少しであの朱を。




 レプリカ達から懸命に聞き取りを行っていたラピスがアッシュを呼んだ。
 彼はそれに答えるように、彼女と彼女が聞き取りをしているレプリカの傍へと近付く。「どうしたんだ」と聞けば、ラピスは満面の笑顔を浮べた。
「この人から聞いたんだけどね?〝蒼焔の守り神〟の名前が分かったの! 一人はラズリ! で、もう一人は〝ルキア〟って言う人らしいわ」
――ルキア。
 聞き覚えの無い名前だ。ルークとはやはり別人なのだろうかとアッシュは思うが、その心は今だ違うとは言ってはくれない。
 アッシュは情報を提供してくれたレプリカの方を向いた。
「――すまないが、その話をもう少し詳しく教えてくれないか」
 幸い、そのレプリカは快く〝蒼焔の守り神〟のことを教えてくれた。
 彼はグランコクマへ向かっていた旅路の途中で魔物に襲われていたところを二人に助けられたという。その二人組は青い髪色をした女性と、新緑のような髪色の女性だったらしい。
 傷の手当てをする際に青い髪をした女性が、新緑の髪の女性を〝ルキア〟と呼んでいたこと。逆に、青い髪の女性のことは――恐らく愛称だろう、〝ラズ〟と呼んでいたらしい。
 二人組はとても親切で、グランコクマについたあとも青い髪の女性がここまで送り届けてくれた、ということだった。
――何かが引っかかる。
「ここまで送ってくれたのは、青い髪の――ラズリという女だったのか?」
 アッシュの質問にレプリカはこくりと頷く。
「一緒にいたルキアという女は?」
「そういえば……『グランコクマの入り口で待っている』と、青い髪の女性に話していた」
(おかしい……。何故そんなことを……?)
 だが、それだけ聞ければ充分だった。
「引き止めて悪かったな」とアッシュは礼を言い、そのレプリカと別れる。ラピスは不思議そうな顔でこちらを見ていたが、彼はそれに答えず「そろそろ戻るぞ」と、彼女に声をかけた。
――充分な情報は引き出せたはず。あとはそれを繋げるだけだ。
 
 執務室へと戻ると、ジェイドの言う情報交換とやらは終わっていたらしい。
 ナタリアとティア、アニスは机に何やら書類を広げていたが、こちらに気付くなり「おかえりなさい」と声をかけて来た。ガイも早々にアルビオールの手配を済ませて戻って来ているようだ。
「成果はありましたか?」と聞いて来たジェイドに、アッシュは先程レプリカから仕入れた情報を伝えた。
 それを聞いたあと、ジェイドがようやく納得したとばかりに頷く。
「成る程、ご苦労様でした。どうやらその人物は、私達が探している人物に〝何らかの関係がある〟と思われますね」
 ガイがどういうことだと、眼鏡のブリッジを上げ直している彼に聞いている。ジェイドは「まぁそう焦らずに。まずはこのデータを見て頂けますか?」と説明を始めた。
「これは、各国にレプリカ保護施設が出来てからの保護人数を示すものです。こちらのグラフを見て頂くと、ある時期から急激に保護人数が増え始めているのが分かりますね?――同時に〝蒼焔の守り神〟の噂が流れ始めたのもこの頃からです。恐らくその二人組は、この頃からレプリカ救済活動を始めたと言って良いでしょう」
 一同はジェイドの説明を真剣な表情で聞いている。
「そしてこちらが、各国のレプリカ保護施設へレプリカを保護して来た人物の情報を集めたものです。その情報によると、レプリカを保護して連れて来た内のほとんどが〝青い髪の女性〟だったということです」
 それを聞いた途端、アッシュの隣で「ラズリだわ……」と小さくラピスが呟くのが聞こえた。
 ジェイドの説明は続く。
「〝蒼焔の守り神〟は二人組。しかしレプリカを保護施設へと送り届けているのは、いつも青い髪の女性です。さて、ここで一つ。何故もう一人の新緑の髪を持つという女性は、青い髪の女性と共に保護施設までレプリカを送り届けなかったのでしょうか?」
 ジェイドはアッシュと同じところに疑問を抱いていた。
「……それは俺も気になっていた。先程聞いた話でも、もう一人は『入り口で待っている』と青い髪の女に伝えていたらしい」
「そう、彼女はいつも保護施設へと近寄らなかった。ですが……、逆にこうは考えられませんか? 彼女はどうしても〝近寄ることが出来なかった〟んです」
 ばさり、とジェイドがある書類を机に広げた。
「そしてこれが、各国で目撃された〝蒼焔の守り神〟の一人、新緑の髪と焔の瞳を持つ人物の情報です。ダアトやグランコクマでは、街の入り口や雑貨店などで目撃されているものの、バチカルではまったくと言って良いほど目撃証言がありません。青い髪の女性の方は、ぽつぽつと証言があるのですがね」
 書類を見ると、確かにジェイドの言う通りだった。目撃証言を表すマーカーがダアトとグランコクマには点在しているものの、バチカルには一切それがない。
「……どういうことだ、まさか――」
「そう、〝ここ〟だけには近付きたくなかったのですよ。――見付かることを極端に恐れてね」
 ルキアという名前で、焔のような瞳を持つ若い女性。それだけならルークではないと言い切れるのだが、 しかしこの行動は余りにも不審過ぎる。
 善意でレプリカ救済活動を行っているのなら、ラピスのように表立った行動をしてもおかしくはない。逆に、探そうとする者達から隠れるように行動するこの人物は、まるで探してくれとでも言っているようなものだ。
 そこまで考えたところで、ふいにアッシュの脳裏にローレライの言葉が浮かぶ。
 
――『我が少々手を加えておいた』――
 
 有り得ない、有り得ない話だが、あの第七音素集合体の言うことだ。もし、もしもローレライが手を加えたというのがそれだとするならば。男だったものが女に。碧だったものが焔になったとしたなら。
 全てのつじつまが――合う。
 表情がみるみる変わっていくアッシュを見ていたジェイドが口角を上げた。きっと彼と同じ考えをしているのだろう。
「――人為によって引き起こされる現象ならば疑いもするでしょうが、何せ相手はあの第七音素集合体。我々が信じがたい現象もお手の物でしょうね」
「現に、死んだはずの彼がここにいますしね」とジェイドはにやりと笑う。
 それを黙って聞いていたガイが、顎に手をやりながらジェイドに聞いた。
「それって、ルークが〝女〟になってるかもしれない……ってことか?」
「さぁて、それは実物を見てみるまでは何とも。何はともあれ、その〝蒼焔の守り神〟の一人は、我々から逃げていることには変わりありません。――というわけで、その二人にちょっと事情を伺いに行きましょうか♪」
「ラズがどこにいるか分かったんですか!?」
 ジェイドの言葉に食い付くようにラピスが言う。それを見ていたティアが、彼女を宥《なだ》めるように言った。
「落ち着いて、ラピス。まだ居場所が分かったわけじゃないのよ。レプリカが保護されたという情報の中で、一番新しいものから順に二人の居場所を割り出そうとしているの」
 それに続くようにナタリアが、目の前にある書類が各国での目撃証言をまとめたものだと言いながら、
それを見やすいように広げた。
「青い髪の女性の軌跡を辿れば、私達が探している人物にも行き当たるはずですもの」
 そしてアニスがその書類の中から一枚を取り出してジェイドに見せる。
「調べた結果によるとーぉ。一ヶ月前ぐらいにケセドニアで保護されたレプリカが一番新しいみたいですよ大佐ぁ。ちなみにそのレプリカは、今だ一時保護所で治療中とのことでーす♪」
「皆さん、ご苦労様でした。さ、アルビオールでケセドニアまで向かうとしましょうか♪」
 ガイが手配したアルビオールは、すでにグランコクマの港で待機をしていた。運転席で待機していたノエルとの簡単な挨拶を終え、早々にケセドニアへと向かった。
 
 ケセドニアは相変わらずの熱気だった。
 アッシュは街に入って早々に、ここで初めてルークを操ったことを思い出して苦笑する。
 今でも街のあちこちにルークとの記憶が見え隠れしているのに、彼はルークが傍にいないことを少し寂しく思った。
 さすがにこの人数で一時保護所に詰め掛けるのは戸惑われたので、男性陣と女性陣の二手に分かれることにする。ここでも、ラピスがラズリの被験者という立場を利用することにした。
 男性陣はラピスを連れて一時保護所へ行き、レプリカから〝蒼焔の守り神〟についての情報を。女性陣は市場へ行き、〝ルキアとラズリという二人組〟の目撃証言を集めることとなった。
 この作戦は見事に成功した。
 一時保護所の治療室にいたレプリカがラピスを見た瞬間、「あんたは……!」と口走ったのをジェイドが見逃すはずもなく。「詳しくそのときの様子を聞かせて頂けませんか?」というお願い――脅しとも言う――にレプリカは話し始める。
「……路地裏で暴行を受けていたところを二人に助けられた。覚えているのは……俺がレムの塔へ向かっていると答えたら、急に二人とも真剣な表情になっていたことぐらいだ」
〝レムの塔〟という言葉に、ラピス以外の全員が反応する。
 否応なしに思い出される記憶に、眉間に皺が寄っていくのを感じながらレプリカに聞いた。
「そこに、何かあるのか?」
「――被験者に教える筋合いはない」
 答えはそれで充分だった。
 つまり、被験者には教えられない〝何か〟があるということだ。
 これ以上レプリカから聞くことは出来ないだろう――そう判断した仲間達は、ここから移動することを決める。外へ出ようとしたとき、ラピスが小走りでレプリカの元へと戻り、「これ、凄く良く効く傷薬なの。良かったら使って、ね?」と笑顔でレプリカに薬を渡しているのが見えた。
 一方、女性陣の方も順調に成果を挙げていたようだ。合流したときに、それぞれの表情に確かな手ごたえがあったのが見て取れた。
 ケセドニアの外に停めてあったアルビオールの中で、女性陣が掴んだという情報を聞く。
〝蒼焔の守り神〟としての目撃証言はまったくといってなかったが、〝ルキアとラズリ〟については市場ではかなり有名らしい。特に二人が贔屓にしていた染料店と武器店も発見し、しかもその武器店の主人から思わぬ情報を得たようだ。
 
――『その二人なら、一ヶ月ぐらい前かな。 カイツールへ行くって言ってたなぁ。 そのときちょうど店に急な依頼が入ってねぇ。方向が同じだってことで、二人にカイツールまでの馬車の護衛を頼んだんだ。あぁ、あんた達もしあの二人に会うことがあったらお礼言っといてくれよ』――
 
「染料店の主人が言うには、髪を染める前の色は新緑のような碧だったそうです」
「ラズリが、ルキアの服を見立てたこともあったそうでしてよ」
「武器店の主人は、新緑の髪の女性はやたらと武器の扱いが上手くて、言葉遣いも男みたいだったって言ってましたぁー」 
 女性陣のそれぞれの情報にジェイドが「ふむ」と相槌を打ったあと、彼はすぐに口角を上げる。
「それはそれは……、まるで『自分を疑ってくれ』と言わんばかりの行動ですねぇ」
 それに加えて、レムの塔という言葉に二人が反応を示したこと。レムの塔には、被験者に教えられない何かがあること。ラズリとルキアは、ここから馬車でカイツール方面へ向かったこと。
 これらのことから、二人がレムの塔を目指していることは明らかだ。
「すみませんが、レムの塔へと向かって頂けますか」とジェイドがノエルに声をかける。そして彼女の「分かりました」という声と共にエンジンが掛かり、その機体が空に浮かんだ。
 アルビオールが、青々とした空を翔ける。
 目的地はレムの塔。かつて、アッシュとルークで一万人のレプリカの犠牲を伴い、現在《いま》の空を取り戻した場所。
 彼の全身が総毛立つ。
――分かる、近付いているのが。
――もう少し、もう少しだ。
 
――あの朱をこの手にするのは。



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赤毛2人に愛を注ぐ日々。