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第二章 Chase 09
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第二章 Chase 09




止まるわけには、いかない。

守ると約束したから。




 ルークはレピドに「どうぞ」と促されるがまま、最上階へと降り立った。
 しかしすぐにそこを見ることが出来ず、ルークは踏み出した先で俯いて目を閉じる。
――……一万人という命が、一瞬にして消えた場所。あのときは、ただ我武者羅にローレライの剣を握り、ひたすらに生を祈った。
 うるさいほど鳴り響く心臓の音を静めながら、彼女は正面に向けてゆっくりと目を開けた。
 しかしそこにあったのは、溢れるような色の洪水だった。
「これ……は……」
 呆然としたようにルークが呟くと、胸を張りながらレピドが言った。
「私の超傑作よーぅ」
 ひしめき合うように集まっていたレプリカ達が居た場所。そして障気を消したあとルークとアッシュの二人で倒れていた場所が、今は膨大な数の花で埋め尽くされていた。
 赤、緑、青、ピンク、白や紫。自然界にある、ありとあらゆる色を使って、床から壁に至るまで花が描かれていたのだ。
「特殊な絵の具を使ってね、一生懸命描いたのよぉ。あ、踏んでも大丈夫だからねェ?」
 ルークはそれらに、恐る恐る足を乗せた。踏んでも大丈夫だと言われても、やはり気が引ける。
 花達がなるべく汚れないようにと、ルークは気を使いながら歩いて行く。
 ある程度中に入ったところで彼女が振り返ると、そこではレピドが微笑んでいた。
「ルキアちゃん、知ってるぅ?」
「な……何を……?」
「以前ここで、一万人のレプリカの命と引き換えに障気が消されたって話」
――ずきりと胸がきしむ。
 それを行ったのは自分だ。一万人のレプリカ達と心中するつもりで、自分はここに立っていたのだ。
 当時の恐怖が思い出され、ルークの身体が小さく震えた。
「大変だったわぁ。一万個の花を描くのは」
「え……? どうして……そんな……」
――そんな、ことを?
 レピドはその質問には答えず、笑顔で返す。
 彼は「正確に数えて描いたわけじゃないから、違うかもしれないけどねェ」と言いながら、中心に向かって歩き出した。
「レプリカは、死んでも光となって消えるだけで、あとには何も残らない。だからせめて、と思って描いたのよぉ。彼らに感謝するために」
 かつん、かつんと、彼の靴が音を立てて中心へと進んでいく。
「彼らはこの空を、私達にくれたの」
 レピドに習い、ルークも中心へと立つ。視線を向ければ足元の花を囲むように内側から外側へ続く花の――それはまるで、墓標のような。
「ねェ、ルキアちゃん。この空を、世界を、『綺麗だ』と思う気持ちだけは、被験者達と共有出来ると思わない?」
 レピドはそう言って、彼を助け、育ててくれた被験者にそう言われた過去をルークに話してくれた。残念ながらその被験者は、被験者同士の喧騒に巻き込まれて亡くなったそうだけれど。
 ふわりと風が髪を撫でていく。
 見上げれば青い空がある。今日も相変わらずの晴天。
 少し前まで、この色をとても恋しく思っていた時期があった。この空を取り戻そうと、世界中を駈けずり回っていた時期があった。
「争いごとは嫌いよ。それがレプリカにしろ、被験者にしろ。――どちらにしろ、絶対誰かが悲しむもの。だから私は絵を描くのよぉ。描いた絵を見て、綺麗だって思う気持ちはきっと同じだから」
 レピドの言葉が、ルークの心にじんわりと染み込んでいく。
「アンバーだって、リドだって、むやみな争いはしたくないって、そう思ってるヮ。でもやっぱり被験者から受けた傷は深いのねェ。今だ踏み込めない部分だってあると思うの」
 でもね、と彼は続ける。
「もし、ここにレプリカの街が出来て、被験者達と交流することが出来て。そして被験者達と一緒に、この空を、世界を、綺麗だと感じられたら。それはとても素敵なことだと思わない?」
――被験者達とレプリカが、共に。
 そうなればどんなに良いだろう。全てのしがらみやわだかまりがなく、お互いが歩み寄って手を取り合う世界。
 ルークの脳裏に、昔ここでレプリカ達と交わしたあの言葉がよぎる。
 
――『……約束だ。生き残ったレプリカ達に生きる場所を与えてくれ。我々の命と引き替えに……』――
 
 今までぼやけていた彼女の頭の中が、すっきりと冴えて来る。
――そうだ。自分はここで約束をしたのだ。必ず彼らの居場所を作ると。彼らが生きていける場所を作ると。
 それを成し遂げるためにも、こんなところで立ち止まっている場合では――ない。
 ルークの視線が定まり、くっと顎を上げる。
 それを確認したレピドが、右手人差し指を口に当てながらルークに言った。
「煮詰まったときにはねェ、お風呂に入って気分転換するのが一番よぅ♪」
 
 ルークはレピドに礼を言って昇降機を降り、宛がわれた部屋へと戻る。そこではラズリが心配そうな顔をしてルークを見ていたが、大丈夫だと笑って返した。
 吹っ切ったそれを見た彼女が安心したところで、ルークは早速レピドの言う〝気分転換〟を実行することにした。
 風呂釜にお湯を溜めながら、その横で洗髪に取り掛かる。もらった洗髪剤で染料を落とし、流したあとは栄養薬を付けて揉み込んでいく。
(要は俺の姿がばれなきゃ良いんだよな。――とすると文書か何かであいつらと連絡をとって、俺らがここを離れた頃に来てもらうようにする、とか。まあそんなことしなくても、その内来そうな感じはするけどな。でもあいつらがここへ来さえすれば、後はここにいる連中が話しを進めて行くだろうし――)
 髪が湯船に浸からないように、タオルでまとめて上げる。足先からゆっくりと風呂釜に入り、そのままちゃぷりと全身を湯の中に浸けて深い息を吐いた。
――こうして風呂にのんびり浸かるのは久々かもしれない。
 気分転換になると教えてくれた彼に、小さく感謝した。
(とにかく、このことをアンバーに話しておかないと……)
 濡れた髪を時間をかけて乾かして上がる頃には、髪は元の新緑の色を放っていた。浴室から出て一息ついたルークに、ラズリが見惚れるように呟く。
「やっぱり綺麗だわ、その色。〝ルキア〟の色ね」
 そう言って笑うラズリに、彼女も笑顔で「そうだな」と返した。
「ラズ、……心配かけてごめんな?」
 申し訳なさそうに言うルークに、彼女は軽く首を振って否定する。
「いいえ。私が無理を言っているのは承知しているもの」
「あいつらと、連絡はとってみる。でも、やっぱ会いたくないのは分かってくれ。それに――あいつらは俺が居ないからって、ここを放っておくような奴らじゃない。きっかけさえ掴めれば、あとは自然に動くと思う」
「〝ルーク〟の仲間ですものね」
「――ありがとう」
 穏やかに笑って言われた彼女の言葉に、ルークは少し気恥ずかしさを感じる。
「よし、そうと決まればアンバーにこのことを話さないとな。……俺が、俺達が出来る最善を尽くそう」
 決意を秘めた表情で二人は同時に頷いた。
 そうして部屋から出ると、その足でアンバーの元を訪れる。
「ちょっと良いか」と声をかけて部屋の中に入ると、アンバーは机に広げた街の設計図を見ているところだった。
「お? 染料を落としたんだな。成る程、レピドの言っていた通り綺麗な色だ」
「あ、ありがと――ってそうじゃなくて! えっと、これからのことなんだけどさ……」
 ルークは先程ラズリと話した事の経緯を説明し始めた。
 このまま街の建設を進めても、レプリカを良く思っていない者達が乗り込んで来かねないこと。各国の保護施設に空きがなくなり始めている今、その内ここもレプリカが溢れて維持をすることが難しくなるであろうこと。それを改善するためには、世界各国の許可が必要不可欠であること。
 そこで二人が世界各国の長に取り次ぎ、レプリカの街建設に協力を仰ぐのはどうだろうかという提案をする。
 しかしアンバーは「被験者と手を結ぶなどと……」と、表情は渋いままだった。
「それに『ここに街を作りたい』と言って、素直に許可が降りるとは思えない」
 やはり被験者達に虐げられた記憶がまだ根強いのだろう。そこから考えれば彼の言うことはもっともだった。
(しょうがない、か……)
 ルークは意を決してアンバーを見据えた。
「それは絶対に大丈夫。俺が何とかするよ」
「そんな保障がどこにあるんだ?」
「これを見れば納得してもらえるだろう?」と、ルークは髪と瞳の色を逆転させる。
――焔から碧へ。
――碧から朱へ。
 ゆっくりと色が変わっていく現象にアンバーは驚いた様子を見せた。
 しかし、この赤い髪に緑の瞳。彼は思い当たる節があったらしい。
「世界を救った英雄の、〝レプリカルーク〟……?」
「――っ、そんな偉いもんじゃないよ。こんな姿になっちまったし」
 切なく笑うルークに突然腕が回される。何を思ったのかアンバーが抱き付いて来たのだ。
 その行動にぎょっとしたのはルークだけではない――視界の隅でラズリも驚いていた――。慌てて「何をするんだ!」と言おうとした彼女の言葉は、嬉しそうなアンバーの声質に飲み込まれた。
「そうか! あんたが、あの〝ルーク・フォン・ファブレ〟か! 消息不明だって聞いてたけど、無事だったんだな! じゃあ俺は世界を救った英雄に名前を付けてもらったってことになるのか」
 彼の口から出た『英雄』という言葉に、僅かにルークの胸が痛む。
「……ずっと憧れていたんだ。レプリカが世界を救ったって聞いて、どんな人なんだろうって。きっと、被験者に負けないぐらい強い人なんだって勝手に想像してさ」
 アンバーは抱き付いていた腕を離す。
 その顔は先程と違い、とても穏やかだった。
「俺の……、俺が思ってた通りの人だった。 何で女になってるかは分からないけど、それを聞くつもりはない。あんたは俺を、同胞達を助けてくれた。そして今もあちこちから噂を聞いてる。あんたのお陰で自我が目覚めて、ここに来た奴らだっている。世界の英雄が、俺達レプリカの英雄が目の前にいるなんて、こんなに嬉しいことはない。被験者はまだ信じられそうにないけど、俺はあんた達を信じるよ」
 アンバーは心からルークに憧れていたのだろう。隠し切れない嬉しさが滲み出しているのが分かる。
――でもどうか、『世界の英雄だ』なんて言わないで欲しい。結果的には世界を救ったのだろうが、何千何万という人達を殺しておきながら、どの面下げて〝英雄〟などと言えるのだろう。
 しかし今は、そんなことを言っていても仕方が無いとルークは思う。もう時間はあまり残されていないのだ。アンバーがルークを信じてくれると言う言葉を、聞けただけでも良しとしなければ。
「多分近い内に、俺と一緒に旅をした仲間が俺を探しに来ると思うんだ。そいつらはそこら辺にいる被験者達よりは、レプリカに対して理解がある連中だから一度話をしてみてくれないかな」
 先程とは打って変わって、「ルークがそう言うなら」とアンバーは了承する。
 それと、これだけは伝えておかなければならないとルークが続ける。
「あ、あとさ。俺のことはそいつらには内緒な? 知られると後々面倒だから」
 彼がそれを不思議に思う前に、ラズリが横からフォローしてくれた。
「世界を救った英雄がここにいると分かると世間を騒がせてしまうから、しかるべき日まで身を隠しているの。ここにいる間は〝ルキア〟として扱ってやってくれないかしら?」
「……二人に頼まれちゃ、断れないな」
 アンバーは「分かった」と力強く頷いた。
 これでレプリカの街建設に向けて話が進みそうだと、ルークが胸を撫で下ろしたそのとき。その視界に彼女には見慣れた機体が映った。
「な――っ!?」
(まさか……! そんな!?)
 ルークは湧き上がる衝動のままに、がしゃんと音を立てながら窓にへばり付いて空の様子を窺う。その機体はこちらの様子を窺うように旋回をしているが、間違いない。
 あれは――
「アルビオール……!!」
 
――ま ず い 。
 
(ちょ……っ、お前ら来るの早すぎだろ!?)



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赤毛2人に愛を注ぐ日々。