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第三章 Caught 01
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第三章 Caught 01




じわじわと滲み出るように湧く感情。

自分の何かを抉り取られるような気がした。




 男は押し込んでいたそれを引き抜く。それと同時に広がるのは淡い――光。
 通常であればそこからは、光ではなく赤い液体が流れているはず。〝コレ〟の存在は全てを否定しているが、この瞬間だけは綺麗だと思う。
 そして、この淡い光が何よりも愛しい。 
――光、溢れ、昇れ、届け。
――〝コレ〟が創られたせいで、いなくなった君の元へ。
〝コレ〟は元から存在していなかったモノ。〝コレ〟は人間ではなく、ただの複写品《コピー》。誰かを写しただけの存在。意思などあるはずがない。こんな〝偽物〟が世界に居て、〝本物〟である君がいないなんて。
 自分と同じ姿をした空っぽの複写品など、邪魔で煩わしいだけ。
――じゃあ、消してしまおう。
 全て消して、元の世界へ戻すんだ。
 
――……そうしたら君は、いつか戻って来てくれるのだろう?
 
 
◆ ◆ ◆
 
 
――ルークが仲間達から逃げた。
 この事実は彼らを複雑にさせたようだが、いつまでも悩んでいるわけにはいかないと各自は気を取り直し、これからのことを話し合うために会議室へと足を向ける。部屋の前では、アンバーとレピドが帰りを待っていた。
「あ、ラズリちゃん。ルキアちゃん見付かったーぁ?」
 レピドの言葉に対してラズリが首を横に振って否定すると、彼は「あらぁー」と残念そうに呟く。そしてそのままその隣に立っていたアッシュの方に視線を移すと、しみじみといった様子で言った。
「振られちゃったのねェ。慰めてあげましょうか♪」
「っ貴様……!!」
 薄紫色の髪を揺らしながら、少し楽し気に言った彼を殴ろうと突き出したアッシュの拳は、空しく空を切る。何のことは無い。彼が殴る前に隣にいたアンバーがレピドを蹴り倒したのだ。
 てっきり前から拳が来るだろうと身構えていたレピドは、思わぬ横からの急襲に「ふぎゃっ」と奇妙な声を上げて床に崩れ落ちた。
「見苦しい物を見せたな。さぁ、中へ入れ」
 仲間達は呆然とその様子を見ていたが、アンバーに促されるがままに室内へと入って行く。
 その途中で亜麻色の髪の女性――ティアが、倒れ伏しているレピドに「大丈夫?」と声を掛けていた。彼は「アンバーってばすぐ暴力に訴えるんだからぁ」と言いながら、蹴られた箇所をさする。そこでようやく声を掛けてくれたティアに気付いたのか、それに対して大丈夫だと返しながらレピドが立ち上がり、彼女に目を向けた。
「あぁ、気にしないで良いわよぅ。いつものことだか――」
 しかしレピドの視界にティアが映った途端、何故か彼の口が「ら」の形をとったまま、彼女の方に視線を固定して呆けている。
 見詰められたティアはと言えば、「頭でも打ったのかしら」と首を傾げていた。
「あなた……! 失礼ながらお名前は!?」
 そして何を思ったのかレピドが弾かれたように動き出し、ずいっとティアの方に身体を寄せる。
「え……、わ、私? ティア・グランツよ」
 レピドの勢いに押された彼女は、戸惑いながらも聞かれた質問に答えた。
 その瞬間、見る見る彼の表情がキラキラと輝き始め、両手を合わせ神に祈るようなポーズをとり、興奮冷めやらぬ勢いでつらつらと彼女を賞賛する言葉を並べ立て始めた。
「ティア! 何て素敵!! あなたこそ私が求めていた人物だヮ!! その美しい流れるような亜麻色の髪! 完璧なプロポーション! そして豊満な――」
 そして最後に「胸」と言い掛けたところで、またもアンバーから回し蹴りが炸裂し、興奮した彼を蹴り飛ばした。
 再びレピドは「にぎゃっ」という奇妙な声を上げながら、床に伏せることになる。
 意味不明な賞賛を浴びたティアも、再度アンバーに部屋へ入るように促されると、今度はまったくそれを気に掛けることなく中へと入っていった。
 その姿をうっとりと見詰めながら「さいっこーぅだヮ、すてきーぃ……」と床に倒れ付したまま呻るレピドに、
懲りない男だと溜息をつきながらアンバーも会議室へと入った。
 そのあとの話し合いは順調に進み、今すぐにでも各国の長に許可がもらえるように手配をすることが決まる。
 しかし、ただ許可をもらうだけでは心許ないとジェイドが言う。
「一度、各国の代表者とレプリカ達の代表者が集まり、これからのことを話す場が必要でしょうね」
 各国との話し合いは、やはり以前と同じように中立であるダアトで行われることとなった。
 レプリカ代表として、アンバーとリド――レピドはあまりそういった場所には出たくないからと拒否――。マルクト帝国からは、ピオニー・ウパラ・マルクト・九世。ダアト、及びユリアシティからは、導師不在のため、現在最高指導者を務めているテオドーロ・グランツ。キムラスカ王国からは、インゴベルト六世。同じくその娘、ナタリア。その他、アッシュ、ガイ、ジェイド、ティア、アニスも、それぞれをサポートする形で参席することとなる。
「ラズリ、良ければあなたも出席して頂けませんか?」
 さらにはレプリカと被験者の仲介役として、ラズリも参加することになった。
「そんな大役を私が……?」
 ジェイドからの思わぬ申し出に彼女は戸惑ったが、「居てくれた方が事が運びやすい」と周りに請われて了承する。残るレピドとラピスは、この塔で留守を守ることになる――ラピスはラズリと離れることになるので泣きそうになっていたが――。
 しかし二人だけで留守をまかせるのは少し不安があったため、ジェイドが軍の一部、それもレプリカに理解ある者のみをここに派遣し、ラズリ達が戻るまで警護をするように手配をすることで解消する。
 そうして順調にレプリカの街を建設するための準備が進められる中。会話の流れが一息ついたところで、アンバーが呟いた。
「ルキアの言う通りだったな。あんた達は被験者だけど、話が分かる奴らだ」
 その言葉に一同が胸を詰まらせたように押し黙る。
「……この場にルークが居れば、もっと話がこじれることなく進むんですがね」
 ジェイドが苦笑しながらそう言った。
「うちの陽気な皇帝陛下様は、ルークの顔を見るなり了承しそうだし。それはキムラスカやダアトだって同じだろうしな」
 それを聞いたガイも苦笑する。――ということは、今やルークの一言で世界が動くといっても過言ではないのだろう。
 しかし当の本人は彼らから逃げてしまい、この場にいない。
――僅かに翳った一同の表情。
 それを見ていたアンバーが少し不安気に周囲を気にしている。
 それぞれの表情が気になりはしたが、ラズリは場の空気を変えるために「ルキアのことをお話ししましょうか」と切り出した。
 俯いていた視線が一斉に彼女の方を向く。
 ラズリはそれらを一身に浴びながら、ぽつぽつと話し始めた。恐らくは、彼らが知らないであろうルークのことを。
 ルークが男性から女性に代わったことで、色々と悩んでいたこと。変わってしまったこの姿を見られたくないと、仲間達から身を隠すようにして行動していたこと。しかし時々、仲間達のことを話してくれたこと。「皆に見付かるわけにはいかない」と口で言いつつも、いつも心配していたこと。ときにはさりげなく、影から仲間達を助けたりもしていたこと。
 彼女が全てを話し終わったあと、その場に沈黙が降りた。それを破るように「相変わらず、馬鹿だな……」とガイが呟く。
「いつも人のことばかりで、自分のことなんて省みちゃいないとこなんて、ルークのままじゃないか。どんな姿になったって、ルークはルークだろう?」
 その言葉は自分自身に言い聞かせているようにも聞こえる。
 それに賛同するように、「次に会ったら……絶対逃がさないからねルーク!」とアニスが。「そうね。彼は……、今は彼女って言った方が良いのかしら……。まだまだ学ぶことが沢山あるわ」とティアが。「もう、あのような想いは沢山です。草の根分けても探し出して見せますわ」とナタリアが、次々と口に出した。
 ラズリはその言葉を聞いて、本当に彼らがルークのことを思っているのだと知る。そして同時に疑問も沸いた。
(こんなに思われているのに……。どうして?)
 大事に思われていることは、ルークにも伝わっているはず。しかし彼女には、彼女なりの戻れない理由があるのだろうとラズリは思い直す。
――そして、それは恐らく。
 彼女の視界の隅の方で黙ったまま座っている紅の存在に、ラズリは視線を移動させた。
 
――『俺の、被験者はさ。俺よりもずっと強くて、優しくて、綺麗で、髪もこんな劣化した朱色じゃなくて、
もっと深い色なんだ。何ていうのかな、夜明け前の空の色みたいな紅い色』――
 
 以前、目を輝かせてそう話してくれたルークを彼女は思い出す。
 
――『その色見ると、すげぇ誇らしくなるんだ! 今でも本当に、憧れてる』――
 
 その表情が本当に嬉しそうだったので、ただ憧れているだけではないだろうとラズリは思っていた。
――恐らく、彼女は。
(アッシュが好きなのね、ルーク……)
――だからこそ、会えない。
 かつては己もそう思っていたけれど、とうとうここでラピスに見付けられてしまった。けれど「寂しい」と、「いなくならないで」と言われ、迷惑ではないと、居ても良いのだと言われて嬉しかった。その言葉で自分の中のわだかまりが消えたからこそ、今こうしてラピスと共に居られるのだとラズリは思う。
(でも、何かしら……。それだけで逃げているわけじゃないような気がする……)
 彼女にはルークが、自分を追い掛けて来たラピスと同じ気持ちでいる仲間達から、その言葉を聞くまいとするかのように、あえて逃げているように見えていた。
 ここまで探しに来てくれるということは、ルークに会いたいということ。それはルークもきっと分かっているはず。
――なのに何故、そこまで頑なに拒もうとするのだろうか。
(ルキアが〝ルーク〟であった頃、彼らと何かあったのかしら……?)
 ルークがここにいる仲間達と一緒に旅をしたことがあることは聞いている。旅中で面白かったことや楽しかったことも聞いたし、もちろん彼女が奪って来た様々な命のことも聞いていた。
 けれど今思えば、肝心なところは話してくれなかったような気がする。ルークが彼らを拒む理由は、そこにあるのかもしれない。
(ひょっとして……彼らが〝怖い〟――?)
 いや、これ以上考えるのはやめておこうとラズリは無理矢理思考を止める。ここで考えたところでどうしようもない。
 それよりもしなければならないことがある。レプリカ達と仲間達を大切に思っている彼女に、ここを頼まれた。だから今は、それを真っ当すべく力を尽くすだけだとラズリは誓う。
――今まで気付かなかった感情を教えてくれた、 ラピスと同じぐらい大切な存在に恩を返すために。



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自己紹介:
赤毛2人に愛を注ぐ日々。