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第三章 Caught 04
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第三章 Caught 04




小さな出会い。

見えない、影。




 ルークとジェイドが反レプリカ組織〝リア〟の存在に気付き始めた頃。レムの塔ではいくつかおかしなことが起こり始めた。
 一つは昼食の時間に用意しておいた食べ物が一人分足らなかったり、毛布の数が合わなかったりと、とても些細なことだったので、その件についてはあまり誰も気に留めていなかった。
 問題はもう一つの方だった。
 現在レムの塔では被験者とレプリカが協力して街を建設している途中なのだが、最近小規模な事故が多発している。原因は誰にでもあるような小さなミスだったので、最初は誰もが気にしていなかったようだ。しかし段々とその件数が多くなっていくにつれて、さすがに仲間達は何かがおかしいと思い始めた。
「うーん……。でもこれといって特別な理由があるわけじゃないんだよなぁ」
 金髪の青年――ガイが腕を組んだままそう言って首を傾げる。
 ここはレムの塔内にある休憩室。そこにある一つのテーブルに、アッシュ、ガイ、リド、アンバーの四人が向き合うように介していた。
 小規模ながら件数が増えていく事故をそれぞれにおかしく思い、相談している最中のようだった。
「事故の内容もたわいないものだよ? 階段を一段踏み外したとか、手を滑らせて持っていた資材を足の上に落とした、とかさ」
 レプリカの女性達が焼いたというお茶菓子を頬張りながらリドが言う。その隣ではアンバーが、カップに入った紅茶に息を吹きかけて――どうやら彼は猫舌らしい――冷ましていた。
 飲み込んだ紅茶の熱さに少々涙目になりながら、アンバーもリドの言葉に続ける。
「それに、そんな事故はレプリカだけじゃない。被験者達も含めて、だ」
――そう。レプリカ達だけに小規模な事故が多発しているのなら、まだ調べようがある。
 レプリカに悪意を持って行動している輩がいるということに繋がるため、その連中を探し当てれば良いだけのこと。
 しかしその事故は被験者達の間でも起こっていた。これでは、レプリカに対しての嫌がらせとは考えにくい。
 ガイの隣では――もはやトレードマークになりつつある――眉間に皺を寄せ、アッシュが座っていた。
「現状では、各々に気を付けるように指導するしかないだろう。あとはそうだな――あの眼鏡にでも連絡しておけ」
 それを聞いたガイが「眼鏡ってお前……」と苦笑する。
 アッシュ自身もこの件についてはおかしいと感じているが、現時点ではどうしようもない。どれもこれもがこれといった決め手に欠けるため、今の状態では動きたくとも動けないのだ。
 それ故に、アンバー達はレプリカに、アッシュ達は被験者達に。それぞれ注意して建設を進めるように促すしかないという議論に達した。
 そうして一息ついたとき、その場にリドを呼ぶ陽気な声が響く。その声が薄紫の髪の――レピドが発するものだと認識したアッシュは溜息をつく。彼はアッシュが苦手とする部類に入っていた。
「レピド! こっちこっちー」
 きょろきょろと辺りに視線を巡らせている彼を、席を立ったリドが呼んで手を振った。それに気付いた彼は、こちらへと小走りに近付いて来る。
 しかし、いつもなら「皆でお茶してたのーぅ? 私も混ぜてェー☆」という珍妙な声が聞こえるのだが、今日はそれがない。不思議に思ったのはアッシュだけではなかったようだ。どうしたのだろうかと全員がレピドを見るが、当の本人は狐につままれたような顔をして首を傾げている。
 それを訝しく思いながらリドが聞いた。
「どうしたの?」
「いや、ちょっとねェ……」
 その歯切れの悪さに不安が過ぎる。
「私……、ボケが始まったのかしらぁ?」
――一瞬の間。
「ボケているのは前からだろうが貴様!」と拳を振り上げているアッシュを後ろからガイが止める。隣では同じようにレピドを蹴り飛ばそうとしているアンバーをリドが止めていた。
「まぁまぁ二人共落ち着けって。レピド、何かあったのか?」
「それがねェ――」
 レピドが言うには、アトリエから特殊な絵の具がなくなったとのことだった。ちなみに何色がなくなったのかをガイが聞くと、レピドは「赤だ」と答えた。それを聞いたリドが叫ぶ。
「赤ぁ!? ひょっとしてこないだの物資調達んときに買った、あの馬鹿高いやつ!?」
「そうなのよぉ、それが全部なくなってるのぉ」
 何でも現在製作している作品に必要らしく、結構な量を買っていたらしい。それを聞いたアッシュは「たかだか絵の具如きで……」と、鼻で笑った。
「ふん。大方どっかへ置き忘れたか何かで無くしたんだろうが」
 
「「「それは、ない」ね」わよぉ」
 
 しかしそれを三重に重なる声がきっぱりと否定した。
 レピドが言うのならばともかく、アンバーとリドから否定されるとは思っていなかったのか、アッシュとガイの二人は少々驚く。
 不思議に思ったガイが、「どういうことだ?」と三人に聞いた。
「レピドはこう見えても、絵の道具に関してはものすっっっごく几帳面なんだ。几帳面っていうかあれだね、病気だね。普通絵描きの部屋って、キャンバスがあって、あちこちに絵の道具があったりするものでしょ? 例え片付けられててもさ、どこかしこにああ絵を描いてるんだなあって雰囲気が漂ってるものだよね? それが一切ないんだよ? 信じられる?」
「俺も一度アトリエに入ったことはあるが……。一見しただけでは、絵を描いているなどと信じられないほど整頓されつくされたあの部屋はおかしい。絵筆とキャンバスがどこに置かれているのか分からないし、分かると言えば絵の具だけだ。しかもその絵の具に至っては専用の収納棚にきちんと色順に、しかも購入した順番から並べられてて――」
「そうそう、しかも番号まで振ってね」と溜息を ながら首を横に振るリド。
 それを聞いたレピドが「やだ、二人共褒めすぎよーぅ♪」と照れている横で、アンバーが蹴りを入れた。
 アッシュとガイは、この男がそんなに几帳面だとはとても信じられなかったが、「病気だ」と言うリドと、「おかしい」というアンバーの表情は真剣そのものだった。
「とにかく! レピドが画材を置き忘れるとか、そんなことはないに等しいんだってば」
 リドがそう力説するということは、信じて良いのだろう。しかしそうなると、購入したばかりだというその赤い絵の具はどこへいったのか。もちろん、足が生えて勝手に自立歩行をするということはない。
 そこでガイが一つの仮説を上げる。
「……となると、誰かに持ち出されたか――盗まれた、ってことか?」
 いつ、誰が、何のために、大量の赤い絵の具を?――と、そこまで考えて、レピド以外の人間は考えることを放棄した。今はそんな可愛らしい盗難事件を追っている場合ではない。
 しかし一応気に留めておくことをそれぞれがレピドに告げ、その場は解散となった。あっという間に席を立ってその場から離れていく仲間達をレピドはなす術もなく見送る。
「一緒に手伝ってくれても良いのにぃ、冷たい人達ねーェ」
――仕方ない。もう一度探そう。
 そう思い直したレピドは、自身のアトリエへ戻ることにした。
 部屋の中の思い当たる場所を隅々まで探していくものの、やはり見当たらない。一度探したあとだが、もう一度アトリエ以外の部屋も見ておくかと、彼は移動を始めた。
(それにしても何で赤い色ばっかり……)
 レピドが首を傾げてそう思ったとき、部屋の隅にあるベッドの下辺りに何かがいることに彼は気付く。気配を消してそろそろと覗き込むと、そこでは何と、身体を縮めて丸くなった少女が寝こけていた。
 レピドは「何故こんなところに女の子が?」と不思議に思うが、それよりも彼の興味を惹いたのは彼女の髪色だった。
 主に白色と言って良いのだろうが、良く見ると所々に青と緑が混ざっている何とも奇妙な色だったのだ。
(……初めて見る色ねェ……)
 年齢はおよそ十二歳ぐらいだろうか、どこかに隠れようとあちこちをうろついている内にここへ迷い込み、寝入ってしまったのだろうか。
 とりあえず、レプリカであることは間違いなさそうだと、レピドはまじまじと少女を観察する。そしてその少女の胸元に、彼が捜し求めていた物達が散らばっているのを発見した。
 どうしたものかと考え始めたレピドの気配を感じたのか、眠っていた少女が身体を小さく震わせたあとでゆっくりと瞼を押し上げる。
 彼は警戒心を与えないように、出来る限り柔らかな笑みで話しかけた。
「はぁい、小さなレィディ? 素敵な髪ね♪」
 
 
◆ ◆ ◆
 
 
――薄暗い部屋の中。灯る明かりは机の上にあるランプ一つ。
 見る人が見ればその部屋を「薄気味悪い」と評するだろう空間を、男はとても気に入っていた。
 そこへ「首領」と声が掛けられる。声の主に向かって視線を動かすと、そこで敬礼していた男が言葉を発した。
「動き始めたそうです」
 短く言われたそれに、「そうか」と言葉を返して敬礼していた男を下げさせた。首領と呼ばれた男は、これから自分達が行おうとしていることを思い巡らせてうっすらと笑みを浮べる。
 続けて男は胸元に仕舞っていた白い毛束の付いた首飾りを取り出すと、それを大事そうに両手で抱えてぽつりと呟いた。
「もう少しだから……」
――ついに、始まる。
「もう少しで、君を奪っていった原因《モノ》を、消してあげるから……」



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赤毛2人に愛を注ぐ日々。