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第三章 Caught 07
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第三章 Caught 07




絡みつくように、まとわりつく。

奥底で蠢いているものは。




 ケセドニアにて、路地裏に倒れていた少女を助けた翌日。
 ルークはと言えば、『カルサ』と名乗った少女を連れてケセドニアにあるレプリカの一時保護所前にいた。しかしとっくの昔に目的地に着いているというのに、彼女はいつまでもその中に入れずにいる。
 それは何故か。
――離れないのだ。
 カルサはルークのマントをしっかりと握っており、そこから動くまいとしている。彼女が中へ入ろうと足を運ぼうとすると、それをぎゅっと握りこんで阻止するし、「ここは安全だから大丈夫」とルークが中に入るように促しても、少女は一向に動く気配はない。かといって、それを無理矢理剥がすわけにもいかず、ルークはさてどうしたものかと困り果てていた。
(保護所に入りたくないのかなぁ……)
 そう思ったルークは、試しにその場から離れてみた――今度は動いた。
 そのことから、やはり保護所へは行きたくないようだと彼女は察する。
 ルークは自然と漏れる溜息を吐き出しながら、一先ずこの場から移動して事情を聞いてみることにした。
 移動している途中で昨日の露天――夜だけかと思ったら昼もやっていた――から、果物のジュースを二つ購入する。
 ここでなら落ち着いて話せると思った場所にルークは腰を下ろし、先程購入した飲み物を少女に渡した。カルサはそれがすっかり気に入ったらしく、美味しそう――表情はあまりないが、何となく分かる――に飲み始めた。
 それを微笑ましく見守りながらルークもそれに口をつける。果物の新鮮さが損なわれておらず、嫌味のない甘さがふんわりと口内に広がる。
 ある程度それを飲んだあとで、ルークはようやく少女に事情を聞き始めた。
「……なぁ。カルサは、保護施設へ行きたくないのか?」
――こくり。
 少女の首が縦に動く。助けたときもそうだったが、この少女は口数が少ないなとルークは思う。
(自我が目覚めてないのかな?)
 しかしこちらの言っていることは伝わっているようなので、まだ感情表現の仕方を知らないといったところだろう。
「どっか、行きたいところがあるのか?」
――また、こくり。
 その答えに、自我はあるのだということが分かる。
(だけど、カルサが行きたいところってどこだろう……)
 まず第一に考えられるのは、レムの塔だ。現在、あそこにはレプリカの街が作られているという噂が流れており、それを聞いたレプリカ達が今もそこへ向かっていると聞く。レムの塔へ行きたいというのであれば、保護所を拒否する理由も分かる。――実際そこへ連れて行くとなると、色々と面倒ではあるが。
「行きたいところって、レムの塔か?」
 だがそんな彼女の予想とは違い、カルサの首は横に振られた。
(レムの塔じゃない? だとしたらどこへ……?)
 ひょっとして他にもレプリカ達が集まっている場所があるのだろうか?
 そう思ったルークは、続けて少女に質問することにした。
「じゃあ、どこへ行きたいんだ?」
 その問いかけに今度は沈黙が返って来た。真剣な表情から察するに、黙ると言うよりは考えているのだろう。
 そうして少し経ったあと。考えがまとまったのか、少女の視線が空に固定された。そしてその状態で何かを思い出すように小さく呟く。
「白……、丸い……。上、から……落ちる。街。け……ぶる……?」
 それはまるで暗号のようだった。
 聞くことは出来るが、話すことはまだ難しいらしい。ルークは何とかそれを繋げて、少女が言わんとしていることを理解しようと試みる。
(白くて丸いものが空から落ちる? もしかして……雪?)
 そして、〝け〟と、〝ぶ〟と、〝る〟が付く街といえば――。
「――ケテルブルク?」
 導き出した答えに、カルサは首をゆっくりと縦に振った。


◆ ◆ ◆


 レムの塔内にある会議室で、グランコクマにいる軍人によって呼び出されて集まった一同は、皆複雑そうな顔をして座っていた。
 それもそのはず、呼び出した張本人のジェイドが、あのうさんくさそうな笑顔を全面に貼り付けているのだ。
 その笑みが何を意味するのか。今やこの場にいる全員が分かっている。
 恐らくこれから始まることは碌なことではないだろうという心境が、それぞれの表情に出てしまっているというわけだ。
「おやおや、皆さん。どうなさったのですか? そのような顔をして」
――笑顔だ。物凄く良い笑顔だ。
 彼を良く知っている者ならば、思わず顔を逸らせてしまうほどの。
「……御託は良い。早く用件を話せ」
 それに耐え切れなくなったアッシュが、喉の奥から搾り出すように声を出した。瞬間、複雑そうな顔で座っていた仲間達が、「アッシュ! 良くやった!」と言わんばかりの表情で彼を見ているのが分かる。
 あの笑顔でずっといられたら精神上たまったものではない。アッシュは早いところ用事を済ませて、この場から去ってしまいたかった。
「随分とせっかちですねぇ。まぁ良いでしょう。本日皆様にお集まり頂いたのは、とある組織の報告と〝あること〟をして頂くためです」
――やはり。
 と、座っていた彼以外の全員が、ジェイドの言った言葉に確信を得ていた。恐る恐るといった様子で、仲間達の中から黒髪の少女がおどけて聞く。
「〝あること〟って、何ですか大佐ぁー?」
「とってもイイコトですよアニース☆」
 望んだ答えは返って来なかったが、続けて「まぁそれは追々説明します♪」と言われ、アニスは一旦引き下がる。
「まず、とある組織についてですが。情報収集を行っていた方々は、ご存知かもしれませんね」
「大佐、それは――」
「えぇ。反レプリカ組織〝リア〟について、です」
――反レプリカ組織。
 その言葉に真っ先に反応したのはラズリだった。
 彼女が言うには助けたレプリカの中からそういった組織があると聞いたことがあるらしく、実際、今までに何度かその類の連中から助けたこともあるようだった。
「おや、ラズリも知っていましたか。そうですね、レプリカ救済活動を行っていたのなら、彼らと接触する機会もあったでしょう」
 ジェイドは「だとしたら、さらに面倒くさいことが増えますねぇ……」と溜息をついたあと、〝リア〟についての説明を始めた。
 そうして反レプリカ組織が活動を始めた時期から、活動内容に至るまでの説明をし終わる頃には、周囲の表情が一段と険しくなっていた。
 それを聞いていたラピスの表情は青くなり、「何て酷いことを……」と呟くのを隣にいたラズリが支えている。それぞれが様々な反応を示す中、アッシュはジェイドが説明した内容を頭の中で反芻していた――が、やはり何かがおかしいことに気づき、彼は顔を上げる。
「おい、眼鏡。その〝リア〟とかいう組織は〝世界中のレプリカを消す〟と、ご大層な目的を掲げてるんだろう?――にもかかわらず、活動がえらく小規模なのは何故だ?」
 そして組織と呼ばれるほどであるから、その規模は結構な大きさであるだろう。だが、その情報が今の今まで回ってこないという事実も気になっていた。
「さすがですねえ。察しの良い子は嫌いじゃないですよ♪」
 そう言われてアッシュの眉間の皺が一本増える。この男の台詞は、いちいち癇に障るのだ。
 しかしジェイドはアッシュが向けた視線を軽くあしらいながら、情報収集を担当していた女性陣の方を向いて問いかける。
「恐らく、ダアトやキムラスカが調べた結果も似たようなものだったでしょう?」
 ティア、ナタリア、アニスの三人は、その問いかけに黙って頷く。
 続けて彼女らが言うには、〝リア〟という反レプリカ組織が存在するということはすでに分かっており、かつ、その組織がレプリカの街建設を妨害することは容易に予測出来たので、そうはさせまいと情報を集めていたようだ。しかし、報告されて来るのはいつもジェイドが先程説明したような内容ばかりだったという。さすがにおかしいとは思っていたが、どうすることも出来ずに悩んでいたらしい。
 それを聞いたジェイドは、「やはりそちらでも同じことが起こっているようですね」と笑ったあと、がらりと表情を真剣なものへと変えて周囲を見渡し、右手の中指と親指を合わせてパチリと鳴らす。
 その瞬間、部屋の隅に描かれた何らかの譜術が発動し、淡い光が辺りに立ち昇った。
「――勝手ながらこの部屋に、盗聴防止用の譜術をかけさせて頂きました。一時的なものなので安心して下さい。説明が終わり次第、解除致しますよ」
『盗聴防止』という言葉に、一気に緊張が走る。それはこれから話されることは、誰かに聞かれてはまずいということだ。
「我が国の情報網は、自慢じゃないですが結構な規模を持っています。だがそれをもってしても、〝リア〟についてこれだけの情報しか手に入らない。私もさすがにこれはおかしいと思いましてね? 極秘裏に、私が信頼のおける兵士の何名かに〝民間人を装って〟調べて頂いたのですよ。そうしたら、出て来るわ出て来るわ。ちなみにこれがその結果です」
 言い終わった彼はおどけたように肩をすくめ、その結果の書類を配っていく。
 廻された書類に目を通した瞬間、全員が驚いた。そこには組織の規模や大体の人数、具体的な活動内容から主な活動箇所。果ては組織への加入方法から、その組織を取りまとめている人物の名前までが調べ上げられていた。
――この結果が意味するもの。
 容易に予測がつき、アッシュは思わず顔を顰《しか》めて舌打ちをする。
 普通に調べさせても簡単な情報しか手に入らないということは、誰かがこの組織についての情報を〝意図的に〟塞き止めているということ。
 そしてその誰かは、恐らく情報を塞き止めることが出来るほどの権利を持った各国の幹部クラスの連中で、〝レプリカの存在をよく思っていない者達〟だということだった。



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赤毛2人に愛を注ぐ日々。