頼れる相手がいることは、
こんなにも心強いことだったのだと知る。
これからレプリカ救済のために行動するにあたって、問題となったのはやはりルークの容姿だった。緑髪に焔のような瞳という風体で動いたのでは目立ち過ぎてしまう。
さてどうしたものかと頭を悩ませていると、ラズリが髪を染める染料を市場で売っていたのを見かけたらしい。
「それだ!」とルークは叫び、早速ラズリの着ていたマントを借りて外に出ることにする。
宿を出る前にラズリに外を確認してもらい、先程の男達がいないかどうかを見てもらった。すでに探すのを諦めたのだろう、気配もなく、姿も見えないようだ。ルークは再度念を入れて安全を確認したあと、ラズリと二人でようやく足を市場に向ける。
(ここへ来るのも随分久し振りだな)
あのときと変わらずここは賑やかで、遠目に見えるアスターの屋敷も相変わらず華やかで。自分はこんなに変わってしまったけれど、以前と変わらない景色にルークは少し安堵を覚えた。
そうして思い出に耽りながら歩いていると、あっという間に市場へと到着した。ラズリに染料を売っている店へと案内してもらい、ルークは店先に並ぶ色とりどりの染料を選び始める。
(やっぱ地味な色が良いよな。ラズリの服みたいな、茶色?)
ルークが考え込んでいると「一番長持ちするのは茶系だよ」と店主が言う。それならばと、彼女は一つ頷いて暗めの茶色を選んだ。続いて店主に「綺麗な色なのに染めちゃうのかい? もったいないねぇ」と言われたが、そんなことに構ってはいられない。綺麗だと褒めてくれる好意に悪い気はしないが、今は事情が事情だけにルークは素直に喜べなかった。
次は服装を――と思ったところで、ルークはその店が染料の他に簡単な装備や服も取り扱っていることに気付いた。丁度良いとばかりに、ここで服も調達してしまおうと決める。
「どういうのが良いの?」
「えーと、軽くて、動きやすくてー――スカートじゃないやつ」
互いの姿が見え隠れする空間で、これまた色とりどりの衣装達を選びにかかった。二人は、色々な服がかけられている隙間を縫うように探し始める。
ルークはその中でも目を引いた一着の服を手に取った。すると、いつの間にか隣に移動して来たラズリが、その手元を見るなり溜息をつく。
「今までこんなに溜息をつくことはなかったんだけど、あなたといるだけで癖になってしまいそうだわ」
「どういう意味だよ」
「ルキア。あなたこれ、どういう服かちゃんと分かってて言ってる?」
「え、良くないかこれ?」
ルークは手に持っていた服をべろり、と上に持ち上げて全体的に見る。持ち上げたそれは、ルークが以前着ていたものによく似た白のコートだった。――ただし、着ればもちろん臍を出すことになるタイプの。
「そういうのが好きなら、せめてお腹の出ないこれにしておきなさい」
そう言って彼女が選んだ別のコートを手渡される。
形は先程のものと似ているが、ルークが選んだものよりも露出が抑えられていた。そのコートに対してルークが意見を言う前に、彼女が選んだものは早々にラズリの手によって元の位置に戻される。
「あれ結構良かったのに……」
「あんな服を着たまま歩いてみなさい、また先みたいな不埒な男達に絡まれることになるわよ?」
「げっ」
ラズリにそう言われ、即座に先だっての下卑た笑いを浮かべた男達がルークの脳裏に浮かび上がった。さすがにもう二度とあんな目には遭いたくなかったので、ここは彼女の言葉に大人しく従うことにする。
上着が決まればあとは簡単だった。動きやすいインナーと足を隠すパンツ、歩きやすそうなブーツと次々と揃えていく。
そうして順調に手際良く買い物をし終わったあと、二人は店の主人にお礼を言ってその場を去った。
(さてと、次は武器か)
キャラバンの女性にもらった短剣は、しっかりと腰に装備しているのでもしものときは役に立つだろう。
問題は主力の剣だ。所持金を確認すると、高い武器は無理だが、中程度の武器なら何とかなるかもしれない。
ルークは視線を染料店から周囲にある店に移し、めぼしいものはないかとうろつき始める。
その中でも比較的品揃えが良い武器屋を見付け、並べられている武器達を丁寧に選定する作業に入った。そのときふと、ラズリが腰に差している剣が目に入り、どことなくガイが使用していたものに似ているなと、その剣の素性を彼女に聞いてみた。
「これ? 独学で色々な武器を使って来たけど、今のところこれが一番馴染んでいるわ」
「試してみる?」と言いながら手渡されたのは、剣の中でもかなり細いとされるレイピアだった。
レイピアは戦闘時において突き刺すことを専門としている。相手の攻撃を受け、その状態から流して反撃ができるように軽く扱いやすい構造になっているのだ。これならラズリの腕力でも充分扱えるだろう。
剣を鞘から抜き、試しに軽く振ってみる。ひゅっと空を切る音から、こまめに手入れがされている様子が窺える。しかし同時に、やはり自分には向いていないな、とルークは思う。
身体が女性化したことで、扱う武器も変えた方が良いかもしれないと懸念していたが、向いていない武器を無理に扱うよりも、以前と同じように断ち切ることを重視した方が良いだろう。
(そうすると武器も重くなる、か。どうすっかな)
重すぎて振り回せないなどという情けないことにはなりたくはない。
目に付いた武器から順に持ち上げてみるものの、残念ながらこれといった武器は見当たらない。――とそこへ、武器屋に女性の二人連れが来るのは珍しいと、成り行きを見物していた店主から声が掛かった。
「緑の髪のお嬢さん、別のタイプで珍しい武器があるんだが、こんなのはどうだい?」
「使い古しで悪いんだけど」と言われて勧められたのは、少し年季の入っているタルワールに良く似た曲刀だった。
「西の地方の武器でね。〝キリジ〟や〝キリク〟と呼ばれているんだ。向こうの言葉で、〝剣〟という意味らしい。知り合いから売ってくれと頼まれてるんだが、なかなか売れなくてねぇ」
武器屋の店主は眉尻を下げて「困ってるんだよ」と苦笑いを零す。
彼に勧められるがままに、ルークはそのキリジと呼ばれる曲刀を手に持ってみた。
見た目より重くはなく、大きさも程々。刀身から察するに、ラズリのレイピアとは逆に断ち切ることを専門としているようだ。その緩やかな曲線は、旅の始めに使っていたカトラスを思い出させた。
主人に了承を得て、鞘から抜き放ち、構える。使い古しだとは思えないそれに、前の主人が大事にしていたことを思わせた。
(うん、持ち続けてもぶれないし、重すぎるってわけでもない。これなら問題なく使えそうだな)
何回か振ったあと、かちゃりと音を立てて鞘に戻す。
その一連の動作をじっと見つめていたラズリがルークに向かってしみじみと呟いた。
「……あなたも、苦労して来たのね」
「あ、いや、まあ。色々と……な」
あははと笑って誤魔化してみるものの、どこか察しの良い彼女を完全に誤魔化せる自信はない。
それ以上突っ込まれるのを避けるため、主人に剣の値段を聞く。しかし提示された値段は、ルークの所持金を僅かに上回っていた。
折角良い剣に巡り合えたと思ったが、これでは買えそうにない。諦めて次を探そうと思っていると、店主がそれを引き止めた。
「特別に半額にしてあげるよ。使い古された中古品だし、それにお嬢さん方綺麗だからおまけね」
「マジで!? やったー!」
ラズリが隣で本当に良いのかと店主に聞いていたが、彼は「売れ残るよりはマシだし、大事に使ってくれそうだから」と笑って答えていた。
店主が最後に言った言葉が気になったが、そういえば女になって初めて得をしたような気がするとルークは思う。「可愛い」だの「綺麗」だのと言われてもあまり嬉しくはないが、こんなことで武器や道具の値段が安くなるなら愛嬌を振り撒くのも悪くない。
思わぬ嬉しい出来事に満面の笑みを湛えたまま、礼を言いながらガルドを手渡す。すると、何故か主人はルークを凝視したまま顔を赤らめ、ガルドを取り落としそうになっていた。
具合でも悪いのだろうかと首を傾げていると、隣でラズリが何度目か分からぬ溜息をついている。続けて「心配はないから」と彼女に促され、そのままその店をあとにした。
全ての準備が整い、いざケセドニアから出ようとしたときに、早速一人のレプリカを保護することとなる。
幸いそのレプリカには自我が芽生え始めており、再会を約束してケセドニア内の一時保護所で別れた。それをきっかけに二人が実行しようとするレプリカ救済の方向性が決まる。
――レプリカを保護し、各国にあるレプリカ保護施設へ送り届けること。
保護施設は各国の首都、『グランコクマ』・『ダアト』・『バチカル』の三箇所にあった。それぞれの施設への道程で魔物を倒して路銀を稼ぎつつ、レプリカ救済活動を着実に行っていく。
傷付いた者は手当てをし、自我がある者とは話しをし、それがない者には知識を与えていく。最初は戸惑っていたレプリカ達も、送り届ける頃には普通に話せるようになっていた。
また、戦闘の経験はルークの方が圧倒的に多いため、休憩時などを利用してラズリに剣の扱い方を教えた。対してラズリの方はというと、ルークに女としての必要な知識と、最低限の振る舞い――そんなものはいらないと言っても、断固として拒否された――を教えてくれた。
互いが足りないものを補うような関係に、いつしか二人の間に絶対の信頼関係が築かれていく。ひょっとしたら同じレプリカだということもあるかもしれないが、それだけではないと思う。口では上手く言い表せないが、気付けばそこにいるような、空気のような存在。
ラズリの方もそう思ってくれているとルークは信じている。
二人で行動するようになってから、改めて、背中を預けられる相手がいるのは良いものだと思った。
しかし、このときルークはまだ知らなかった。レプリカ達の間で、二人の存在が密やかに噂になっていたことを。
――虐げられているレプリカ達を率先して助けてくれる二人組。
その特徴的な髪と瞳の色から、〝蒼焔の守り神〟と呼ばれるようになっていたことを。
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