あなたと同じ時間、同じ場所で存在できた。
私はそれだけで嬉しいのです。
――なぁ。
俺、お前には迷惑かけてばっかりだったな。
いやお前だけじゃなくて、皆にも、だけど。
生まれた時から〝ルーク・フォン・ファブレのレプリカ〟として、お前の名前と場所を奪って生きてきた。
その奪い取った場所での役目は、お前の身代わり。
お前の代わりとして生き、お前の代わりとして死ぬ。
たったそれだけのために、俺は生まれた。
お前の存在を知らずにいたら、その通りに生きていたかもしれない。
何も知らない人形のまま、あの時あの場所で朽ち果てていたのかもしれない。
だけど昔、遊び半分で入った書庫室で全てを知った。
知って、それから逃げ出した。
だって信じられなかったんだ。誰だってそうだろう?
今まで生きてきた自分が〝嘘〟で、〝本物が別にいる〟なんて。
自分の存在自体が、偽物だったなんて。
記憶を隠したそれからは、何をするわけでもなくただ日々を過ごしていた。
誰も信じられなかったし、信じるつもりもなかった。
自分のことをまともに見てくれない人達ばっかりだったから。
唯一信じていた、信じたいと思っていた人から教えられる剣の修行だけが、唯一の楽しみだった。
でも、その人にはいつの間にか操られてて、良い様に扱われて、結果あの場所で捨てられた。
挙句に俺はその人に作られたっていうんだから、お笑い種だ。
――『合言葉は……〝愚かなレプリカルーク〟』――
――『ぁ……嫌……だ! ……うわあああああ!!』――
馬鹿だよな、俺。
本当、自分でも嫌んなるぐらい馬鹿だ。
全部知ってたのに、俺がレプリカだってことも、俺が生まれた時の記憶もあったのに。
あそこからはじき出されたお前が、どんな人生を歩んでいたのかなんて、考えもしなかった。
それなのに、お前の居場所を奪ったまま生きて、お前の仲間になるはずだった人達と行動して――……。
本来なら、俺にはそんなもの存在しないはずなのに。
だけど、これまでに出会ってきた人達には感謝してるんだ。
俺に生きる意味を気付かせてくれたから、生きる目的をくれたから。
だから今は、生まれたことを後悔していない。
――だって、お前に会えたから。
お前は俺のこと嫌いだと思ってるだろうけどさ。
そりゃ俺だって初めて会った時はびっくりしたけど、……純粋に綺麗だと思ったんだ。
自分と同じ顔をしているはずなのに、どうしてだか全然違うと思った。髪だって、瞳だって、俺よりも深い色をしていた。
「お前は俺だ! そのお前が自分自身を劣ってるって認めてどうするんだ! 俺と同じだろう!
どうして戦って勝ち取ろうとしない! どうして自分の方が優れてるって言えない! どうしてそんなに卑屈なんだ!」
「違う! そんなつもりじゃない。第一、俺はお前とは違うだろ」
お前は同じ存在だって言うけど、俺とお前は〝違う〟。
同じ顔をしていても、同じ音素数を持っていても、育った環境や性格はまったく別のもの。
それだけで、俺達は違うだろう?
「……な、何……」
「俺はお前のレプリカだ。でも俺は……ここにいる俺はお前とは違うんだ。考え方も、記憶も……生き方も」
俺達(レプリカ)は、確かにこの世界にとっては異質的な存在で。
だけど、人間と同じように呼吸をしているし、考えて、行動して、生きている。
同じ姿形をしていても、この世界に生きていることは間違いないんだ。
「……ふざけるな! 劣化レプリカ崩れが! 俺は認めねぇぞ!」
「お前が認めようと認めまいと関係ない。俺はお前の付属品でも、代替え品でもない」
俺はやっと、自分の力で立ち上がることを覚えた。
皆がいたから、ここまで来れた。
だけどまだ隠している。
皆には感謝してるけど、やっぱりまだ怖いんだ。
「また見捨てられたらどうしよう」、「見限られたらどうしよう」って。
でもお前は、俺を見捨てなかった。アクゼリュスを崩壊させてしまった後でも、皆との繋がりを残してくれた。
その不器用な優しさが、嬉しかった。
「おもしれぇ! ならばはっきりさせようじゃねぇか! お前が所詮はただの俺のパチモンだってな!」
「アッシュ、俺はお前と戦うつもりはない!」
「うるせぇっ! 偉そうに啖呵を切っておいて逃げるつもりか? お前はお前なんだろう?
それを証明して見せろ! でなけりゃ俺はお前を認めない! 認めないからなっ!」
そして同時に、悲しくもあった。
俺は自分を見つけることが出来たのに、お前はまだ見つけられないでいる。
確かに存在しているのに、必死でそれから目を逸らしている。
――まるで、以前の俺のように。
「……どちらか一人しかここを出られないなら、お前が行くべきだ。ローレライの鍵でローレライを解放して……」
「いい加減にしろ!! お前は……俺を馬鹿にしてやがるのか!」
「そうじゃない。俺はレプリカで、超振動ではお前に劣る。剣の腕が互角なら、他の部分で有利な奴が行くべきだろう」
「……ただの卑屈じゃなくなった分、余計にタチが悪いんだよ!」
「アッシュ……」
閉じ込められた部屋で同じ顔が対峙した。
彼の表情は険しく、だが真っ直ぐにこちらを見据えている。
――あぁ。
(やっぱり、俺はアッシュのことが……)
だからこそ、お前に認めて欲しい。
俺がここにいること。
俺がこの世界に生きていること。
俺が俺として、お前とは違う生き方をしていること。
「他の部分で有利だ? 何も知らないくせに、どうしてそう言える?
お前と俺、どちらが有利かなんて分からねぇだろうが!」
「だけど俺はどうせ……」
「黙れ!」
「アッシュ! 何を……」
自分とは逆の手に握られた剣。
先程とは違う意思が秘められた瞳。
「どうせここの仕掛けはどちらか一人だけしか出られない。だったらより強い奴がヴァンをぶっ潰す!
超振動だとか、レプリカだとかそんなことじゃねぇ。ヴァンから剣を学んだもの同士どちらが強いか……。
どちらが本物の〝ルーク〟なのか、存在をかけた勝負だ」
「どっちも本物だろ。俺とお前は違うんだ!」
「黙れ! 理屈じゃねぇんだよ……。過去も未来も奪われた俺の気持ちが、お前に分かってたまるか!
俺には今しかないんだよ!」
――ひょっとして、彼も怖いのだろうか。
俺の存在を認めてしまったら、今までに築き上げてきた自分が壊れるかもしれないことが。
預言に記された〝聖なる焔の光〟である〝ルーク・フォン・ファブレ〟として名を受け、
それを捨ててまで生きてきた意味がなくなることが。
「……俺だって、今しかねぇよ。奪われるだけの過去もない」
俺は記憶を隠すことで、お前は俺を憎むことで、全ての〝理由〟から逃げてきたんだ。
お互い、真っ向から立ち向かっていたと思っていた。
だけどそれは、ただそこから逃げているだけだった。
アッシュは、今まさに闘っているんだ。
自分の中の自分と闘っている。
「それでも俺は俺であると決めたんだ。お前がどう思ったとしても俺はここにいる」
だったら俺はそれに答えるしかない。
何もかもを取っ払った俺を、俺自身を、認めてもらうために。
「それがお前の言う強さに繋がるなら、俺は負けない」
――なぁ。
俺、お前の中に存在出来たかな?
お前の記憶の中に、少しでも映っていたかな?
……もう聞くことは出来ないけど。
俺、やっぱりお前に会えてよかったよ。
お前の……〝ルーク・フォン・ファブレ〟のレプリカとして生まれてきて良かった。
あの時。
ケテルブルクでお前が言ってくれた言葉。
「自分の命を大事にしてない奴に、死んでいった奴の気持ちを背負えるわけがない」……だっけ。
嬉しかった。
本当に、嬉しかったよ。
こんな俺に、「命を大事にしろ」って。
お前が「生きろ」って言ってくれてるような気がしたから。
俺の勘違いかもしれないけどな。
でも、あの時はもう、遅かった。
俺には命を大事にする時間が残されていなかったから。
残された時間を、どう使うかで必死だったから。
でも、良いんだ。
これは仕方の無いことだから。
決して人に自慢できるような人生なんかじゃなかったけど、色々なものを沢山奪ってきた酷い奴だったけど。
もうちょっと時間があれば、それも何とかなったかもしれないけどさ。
それでも、皆に、お前に会えただけで充分。
だけどお前は駄目だぞ?
これでやっとお前に返せるんだからな。
身体、俺のお古で悪いけど。
ついでに俺の記憶もちょこっと入っちゃうけど。
……大事に使ってくれよな。
俺の記憶は隅っこに置いてくれていいから。
だけど、たまにでいいから思い出してくれよ。
それだけで俺が確かにそこにいたってこと、証明できるから。
――アッシュ。
――なぁ、アッシュ。
本当はもう〝ルーク〟なんだろうけど……。
もう少しだけアッシュって呼ばせてくれな?
「アッシュ……」
――俺はお前のことが……
「好きだよ」
――大好き、だったよ。
―第八章 Sephiroth 完―
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