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第八章 Sephiroth 09
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第八章 Sephiroth 09




誰も教えてはくれなかった、と。

知っていながら、知ろうとしなかったことが自分の罪。




静かだった。

――いつまでもそこにいたら自分達も危ないかもしれない。

そう案じた仲間は、自分達と共に落ちたタルタロスへ避難することを決めた。
ジェイドによると、緊急用の浮標が作動し、この状況下でも船体は無事であるようだった。
その内部に歩を進めると、そこでもいくつもの死体が折り重なっており、崩落の凄まじさを物語っていた。

艦艇は西へと進路をとる。
ティアの話では、その方角に〝ユリアシティ〟という街があるということらしい。

その街の名前にも聞き覚えがある。
先から何だというのだろう。

(くそ……記憶に照準が定まらねぇ……。何なんだこれ……)

先程から自分の頭は混乱しっぱなしだ。
それは深く考えようとすればするほど、余計にこじれていくようだった。

いつまで経っても記憶の整理はつかず、苛立ちばかりが募る。
そうしている内にも、周囲からはやわやわと突き刺さるような冷たい視線と、濁したような言葉が浴びせられる。

〝お前のせいだ〟と訴えているような視線と、その言動。

「お、俺が悪いってのか……? 俺は……俺は悪くねえぞ、だって師匠が言ったんだ……。
そうだ、師匠がやれって!  こんなことになるなんて知らなかった! 誰も教えてくんなかっただろっ!」


――信じていたのに、騙されていたなんて。


「俺は悪くねぇ! 俺は悪くねぇっ!!」


――止めようとしたのに、止まらなかった。


「……ブリッジに戻ります。ここにいると、馬鹿な発言に苛々させられる」

「何だよ! 俺はアクゼリュスを助けようとしたんだぞ!」


――最後まで、抵抗して。


「変わってしまいましたのね……記憶を失ってからのあなたは、まるで別人ですわ……」


――自分がやったことは、間違っていたのか?


「お、お前らだって何も出来なかったじゃないか! 俺ばっか責めるな!」

「あなたの言う通りです、僕は無力だ。だけど……」

「イオン様! こんなサイテーな奴、ほっといた方がいいです」


――「助けて」と、言えば助けてくれたのか?


「わ、悪いのは師匠だ! 俺は悪くないぞ! なあガイ、そうだろ」

「ルーク……あんまり幻滅させないでくれ……」


――誰も、自分を見ようとしなかったくせに。


「少しは良い所もあるって思ってたのに……私が馬鹿だった」


――そう言いながら、拒絶していたのは誰だった?


「……ど、どうしてだよ! どうして皆、俺を責めるんだ!」


――分からない。

もう、何もかもが分からなくなっていた。

仲間と呼んでいた彼らは自分を軽蔑の眼差しで一蹴すると、早々にその場から去っていく。
後に残されたのは自分と、傍で小さく震える青い聖獣だけ。

「ご主人様……元気出してですの」

大きな瞳に目一杯の涙を溜めながら、自分に付き添っている。

「だ、黙れ! お前に何が分かる!」

「ボクも……ボクのせいで仲間がたくさん死んでしまったから……。
だからご主人様の気持ち、分かるですの……」

それを聞いて、そういえばそうだったと、朧気に思う。
だが、それとこれとでは規模が違う。


――自分は、そう、自分は。


「お前なんかと一緒にするな! お前なんかと……っ!!」


――何千という人の命を、一瞬で。


「……っう……うぅ……」

ぼろぼろと涙が零れ落ちていく。
泣いてどうなるわけでもなかったが、今の自分には泣くことしか出来なかった。

あれほど殺したくないと思っていたのに、殺してしまった。
助けを求めていたのに、救えなかった。

救えると信じていた。
あの人を信じていた。


信じていたかった。

ただ、それだけ。


――ただ、それだけだった。




一部を除いた仲間達は、自分を避けるように……いや、自分の存在など目に見えていないかのように、
眼前にそびえる街の中へと進んでいった。
(イオンだけは、ちらちらと心配そうにこちらを窺っていたが)

自分も一緒に行った方がいいことは分かっている。
だが、この先に行ったとしても何を言われるかは想像がついていた。
それが分かっているせいか、自分の足は一向にその場から動こうとしない。

そんな自分に気付いたティアが、ゆっくりとこちらに戻ってきた。

「……いつまでそうしているの? 皆、市長の家に行ったわよ」

「……どうせ皆、俺を責めるばっかなんだ。行きたくねぇ」

それに、まだ記憶と気持ちの整理がついていないせいで、頭痛が治まっていない。
出来るならば、この場に座って休みたいぐらいだと思っていたその時。


「とことん屑だな! 出来損ない!」


ズキズキと痛む頭に反響したのは、彼の罵声。
かつん、と靴音を響かせて己の前に立つ。

赤い髪、緑の瞳、顔立ち、背格好。
その全てが自分とそっくりな……アッシュ。

「……お、お前! どうしてお前がここにいる! 師匠はどうした!」

「はっ! 裏切られてもまだ〝師匠〟か」

そう言われて思考が停止する。

彼は危険だ。
自分の中の何かを、暴こうとしている。

「……裏切った……? じゃあ本当に……師匠は、俺に……アクゼリュスを……」

「くそっ! 俺がもっと早くヴァンの企みに気付いていればこんなことにはっ……!」

ぎっとこちらを睨みつける、自分より深い緑。

「お前もお前だ! 何故深く考えもしないで超振動を使った!?」


――お前も、それを言うのか。


(俺は、止めようとしてた、のに)


「お、お前まで俺が悪いって言うのか!」

「悪いに決まっているだろうが! ふざけたことを言うな!」

どこに行っても、何を言っても、周囲は自分が悪いという。
自分を操っていた師匠に責はないのだろうかという思いだけが、空回りを続けていた。

「俺は悪くねぇっ! 俺は悪くねぇっ! 俺は……」

ここで自分が悪いのだと認めてしまえば、必死で抵抗していた意味がなくなってしまう。


――俺は、アクゼリュスを崩壊させることを望んでいたわけじゃない。


それだけは、誰かに分かって欲しかった。

「冗談じゃねぇっ!〝レプリカ〟ってのは脳みそまで劣化しているのか!?」

再び泣きそうになる自分に、浴びせられる言葉。

「……レプリカ? そういえば師匠も……」

「……お前、まだ気付いていなかったのか! これはお笑い種だな!」


――駄目だ、この先を知ってはいけない。


そう思っているのに、頭の中では警笛が鳴り響いているのに、自分の身に眠る好奇心がそれを抑えた。


「な、何だ! 何なんだよ!」

「教えてやるよ。〝ルーク〟」


傍でティアの制止する声が聞こえる。


「俺とお前、どうして同じ顔をしていると思う?」

「……し、知るかよ」


――(怖い、怖い。やめて)


「俺はバチカル生まれの貴族なんだ。七年前にヴァンっていう悪党に誘拐されたんだよ」

「……ま……さか……」


――(折角、忘れていたのに。傷つかないように、閉じ込めておいたのに)


「そうだよ! お前は俺の〝劣化複写人間〟で、ただのレプリカなんだよ!」


その声に合わせるように、ばらばらになっていた記憶が動き出す。
カチン、カチン、と音を立てながら、次々とピースが合わさっていく。

「う……嘘だ……! 嘘だ嘘だ嘘だっ!」

すぐにはその事実が受け入れられず、思わず腰に差していた剣を手に取った。
それを見るなりアッシュも「やるのか?」と言いながら、交戦体勢を取る。

「嘘をつくなぁっ!」

振りかざした剣は、そのままアッシュの剣と交わる。
独特の金属音が重なる中でも、記憶のパズルは続けられていた。
合わさった部分から、堰を切ったように溢れる記憶。


『おはよう、〝レプリカルーク〟。 まずはこの世界に生まれ出でたことを、ささやかだが祝ってあげよう』
『終ったのなら、牢にでも入れておけ。明朝にはソレと〝本物〟を入れ替えなければならんのだからな』
『これが……俺の〝身代わり〟……』
『……俺の代わりに……こいつが……』


『俺と同じ顔で喋るな!〝気持ち悪い〟!!』



「……ぁ……」



『なぁ。どうしてお前、俺と同じ顔をしてるんだ……?』
『……れ……ぷ……り……か、……レプリカ?』
『……もし……あの時の子が〝本物〟だったら……』
『皆が、俺を見ようとしないのは』


『皆が、俺じゃない誰かを見ているのは』



「……あ……う……」




――『俺が偽者(レプリカ)だから?』――



「……嘘だ、嘘だ嘘だ! 俺は……! 俺はお前なんかじゃない!」

「認めたくねぇのは、こっちも同じだ!」

本当は、〝知っていた〟のだ。
全て最初から、何もかも自分は知っていた。
レプリカが何なのかも、自分がどうしてここにいるのかも。
自分がやったこと、そして自分がやるべきことも、全て。

ただ信じたくなかった。
〝そう〟なるべくして生まれたことを認めるのが怖かったから、だから閉じ込めていた。
自分の居場所が欲しくて、自分の居場所が消えてしまうのが怖くて。

(でも……)

最初からそんなものは、存在しなかった。
全ては、目の前にいる〝彼〟のために用意されたもので、自分の居場所などあるはずもなかったのだ。

「……嘘だ……俺は……」

自分は、彼の居場所を借りていただけ。
それも最悪なことに、〝奪う〟という形で。

「俺だって認めたくねぇよ! こんな屑が俺のレプリカなんてな!
こんな屑に俺の家族も居場所も……全部奪われたなんて……情けなくて反吐が出る!」

斬り合ったせいで、身体のあちこちに切り傷が出来ていた。
疲労を重ねた自分の身体が悲鳴を上げ、意識がぶれる。
座り込んだ自分を見下ろす彼の瞳には、己に対する憎悪の色しか映っていなかった。

剣先が自分の首に当てられる。
だが、そんな状況下にあっても、彼のことを「綺麗だ」と思ってしまう自分は、
気がふれてしまったのだろうか。

「死ね!」

(……死ね? そうだな、その方が……)

その方がいいのかもしれない。
こうなると知っていながら、知らない振りをしていた罪深き自分に罰を。

その実行権は、彼以外に考えられない。



――自分の被験者である、アッシュ以外に。
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プロフィール

HN:
ちおり
性別:
女性
自己紹介:
赤毛2人に愛を注ぐ日々。