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第四章 Save 外伝 Calca 02
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第四章 Save 外伝 Calca 02




知っていた。感じていた。

全て、分かっていた。




 最近、主の様子がおかしい。以前にはなかったことが、主の中で起きているみたいだ。
 例えば、夜中に魘されるようになったとか、たまに人が変わったように怒鳴りだすとか。急に笑い出したかと思えば、今度は酷く塞ぎ込む。それが積み重なっていく内に、主の表情や話し方が変わっていく。
 一体何があったのだろう。私には分からない。
 主と共に行動するようになって一年が経とうという頃、主は「レプリカを消すために組織を作る」と言い出した。
「それは私も含まれているのか」と聞けば、穏やかに笑って私は含んでいないという。
――それは私が被験者《クリス》のレプリカだから?
――私が特殊な力を持っているから?
 不安に思っている内に、主は反レプリカ組織〝リア〟を設立した。
〝リア〟というのは、古代イスパニア語の〝リアル《本物》〟からとったものらしい。組織員達も続々と集まり、それに伴いアジトも出来た。
 それからは組織の存在が世に出ないよう気を付けながら、各地にいるレプリカ達を消して回った。もちろんそれは主も例外ではなく。
 私の目の前で光となっていくレプリカ達を何十体と見送った。その度に私の心は締め付けられたけれど。
 主は変わってしまった。もうあのときのように笑ってはくれない。
 それでも私は主の傍から離れないと決めた。例え同胞達から、同胞殺しと罵られても。
――例え、いずれ主の手によって私も消されるということが分かっていても。
 
 これからの活動のため、アジトに建設中だったレプリカ研究施設が出来上がった。
 そこに属した研究員達は見たことのない顔ばかりだったが、それなりにレプリカについて詳しいらしい。試しにレプリカを作成したいとの申し出に、主は私のレプリカを作ると言い出した。
 研究員達は恐らく誰もやったことがないだろうレプリカからレプリカを創るという、前代未聞の試みに熱を入れ、私も主が望むならばと、私の身体を差し出した。
 幸いにも身体に大きな負担をかけるというレプリカ情報の採取は無事終わり、私も何とか生きていた。
 しかし、そうして私から創られたレプリカは微弱で邪視の力もなく、不完全な状態だった。やはり被験者のレプリカ情報でなくてはいけないと判断され、主は創られたばかりのレプリカを消しておけと言う。
 私は研究員達の目を盗み、こっそりとそのレプリカをアジトから逃がした。
 私より小さい身長。何も知らない、まっさらな状態の無垢な心。
 勝手に創られたこの命を、同胞を、見殺しにすることなど出来なかった。所詮私も同じ音素で出来ているモノだ。共鳴し合うものがあるのかもしれない。
 アジトのある極寒のこの地では、あの身は長く保たないかもしれない。だけどここにいて酷い扱いをされるよりはマシだと思ったのだ。私のようになって欲しくはない。せめて生死を自分で判断するぐらいの自由はあって欲しい。
 そのあと、組織員からレムの塔にレプリカ達が集まり始めているとの情報が入る。
 主はそれを利用して大掛かりなレプリカ除去計画を立てた。捕らえたレプリカや、ここで創られたレプリカ達に、レムの塔に集結させるようにと暗示をかけ、粗方集まったところでレムの塔ごと爆破をするという内容だった。
 確かにレプリカは死んでしまえば光となって消えてしまうけれど、あの赤い液体は流れる。痛いことは痛いと感じるのだ。例えそれが表に出ていなくとも。
 私はそこで始めて躊躇をする。本当にこのまま主に従っていても良いのかという疑念が生まれた。
――しかし。
「カルサ、お前が創られたことで犠牲になったのは被験者達だ。そんな出生を持つレプリカ達が、この世界で平和に生きていけると思うかい? 各地のレプリカ達を見ただろう? どこも酷い扱いだった。そんな生き地獄な世界をずっと彼らに味あわせるよりも、その地獄から解き放った方が良いと思わないか?」
 各地にいたレプリカ達の扱いは確かに酷かった。無抵抗な彼らに対して被験者達は酷い仕打ちをし、扱い、ぼろ布のように捨てていた。
 それをずっと味あわせるよりは。苦しんでこの世界を生きていくよりは。……そうした方が、良いのだろうか。
「お前は優しい子だから、戸惑っているんだね。大丈夫、彼らはこの世界ではなく、新しい世界で生きていくよ。だから怖がることはない。お前は僕の言う通りにしていれば良いんだ。良いね?」
 私は頷いた。
 頷くしか選択肢は残されていなかった。ここで断れば主は私を消す。目がそう物語っている。
 私はまだ死にたくはない。主に恩を返せていないから。
 
 それから毎日のように、私は捕らえたレプリカ達に特殊な暗示をかけるという作業に追われていた。
 主は〝リア〟とは真逆の活動をしている、〝蒼焔の守り神〟という二人組について調べているようだ。その合間を見付けて、私はある研究員に密かに暗示をかけ、主の過去について調べてもらうことにする。
 気になったのだ。
 どうして主がこういう行動に出るのか。主が目指しているのは何なのか。
 そして出来れば、主がやろうとしていることを私が止めたい。以前の主に戻って欲しいという切実な願いからだった。
 調べさせた結果は、自分が予想した以上のことだった。
 あぁ、やはり主は、私の被験者と関わっていたのだ。そしてその人は、私が創られたせいで死んだのだ。被験者は主の大事な人だったのだろう。だからあの檻の外で、被験者の名前を呟いた主の表情は悲しみに沈んでいたのだ。
 もはや私に主を止める権利などない。私のせいで、深い悲しみを主が背負うことになったのだ。
 ならば私は主が思うように従わなくてはならない。それが私に出来る精一杯の〝恩返し〟だ。
 
 ある日、主は私にとある人物を暗示にかけてここへ連れて来いと命じた。なるべく相手の同情を引くように、と言葉の制限をされて。
 私はその通りに実行した。
 砂漠の街で、組織員達に傷を付けさせ、対象人物が来るのを待った。私を助け起こそうとして顔を見たその瞬間に暗示をかける。
 人物は予想通りに暗示にかかる。気付かれていないようだ。
 人物の名は〝ルキア〟と言った。
 暗示をかけることに夢中で気付かなかったが、彼女は綺麗な焔色の瞳を持っていた。同じ赤でも、私とは違う。そしてこの人物は私と同じ、レプリカだった。
 ルキアはとても優しかった。
 手渡してくれた飲み物は甘くてとても美味しかったし、彼女の笑顔を見ると穏やかな気持ちになれた。あの人の笑顔を思い出すから。
 初めて口にするそれを飲み終わり、言葉足らずにアジトがある近くの街の名前を告げると、彼女は思った通り、私を送ると言って一緒に行くことになった。
 その後は順調に事が運び、ルキアを牢へと閉じ込めた。
 食料と水を運んだときの、彼女の表情が忘れられない。目の前で髪の色と目の色が変わったのには驚いたが、これが本来の色なのだろう。
 私の前で綺麗な碧が揺らいでいる。どれだけの謝罪をすれば良いのか分からないが、私にも譲れないものがある。
 それを説明すると、彼女も何とか分かってくれたようだ。
 ふとここで、ルキアと私は似ていると思った。それに従い心が重くなっていく。これからルキアが何をされるのか、私は知っていたのだ。
 
 いつものように創られたレプリカ達に暗示をかけていると、右目に激痛が走る。
 痛みが治まるのを待って目を開けると、右目は見えなくなっていた。研究員によれば『音素乖離によるもの』らしい。要はレプリカ情報を採取したときの副作用といったところか。ならば私は、もうすぐ消えるということだ。
 消えることに恐れはない。私には罪が多すぎるから、それは当然のことだろう。
 けれど、主の傍にいられなくなることだけが、悲しかった。
 せめてもの罪滅ぼしにと、巻き添えにしてしまったルキアを助けようと思い立つ。
 主が留守のときを狙い、拘束具の鍵を持って主の部屋から牢へと向かう。しばらくは戻って来ない、はず。
 ルキアは傷だらけになっていた。それもかなり酷い。相当痛かっただろう。それを思うと胸が締め付けられるようだった。
 しかしルキアは自分のことよりも、私の右目を気遣ってくれた。やはり優しい。
 見えなくなった原因を言えば、ルキアは誰にやられたと聞いて来た。しかしそれに私は答えない。早くしなければ戻って来てしまう。
 いや、すでにもう戻って来ているのかもしれない。冷たい空気が先程から漂っているから。
 鍵で拘束具をはずそうとするが、右目が見えないので距離感が掴めない。仕方なく手探りで鍵穴を探すことにする。その間にも冷たい空気の重圧は増えていく。
……駄目だ。もう――(間に合わない)
「ルキア……、私は……」
――〝私はもうすぐ、ここから消える〟
 それを遮るように主の声がした。
 あぁ、やはり。ルキアを救えなかったことで、また私の罪が増える。
 目の前に主がいる。しかしその瞳は以前のような穏やかな弧を描いていた。
――あぁ、ああ。良かった。
 やっぱり貴方にはその笑顔がよく似合う。私の好きな、大好きな、色。
 段々と力が抜けていく中、必死で主に向かって手を伸ばす。
「我が……主……」
 結局一度も貴方の名前を呼ぶことが出来なかった。でもそれで良かった。大勢の人を殺した罪深いこの私が、主の名前を紡ぐなど出来そうもないから。
 私が消えても、貴方は止まらないことも知っている。けれど今、貴方の瞳に、その大好きな色の中に、私が映っている。
 口から赤い液体がこぼれていく。
 私の後ろにいる彼女はきっと泣き叫ぶだろう。彼女は優しいから、私の死を悲しんでくれるのだろう。でもこれで良い、私はこれで〝幸せ〟なのだから。
 だから悲しまないで欲しい。笑っていて欲しい。私は彼女の笑顔も好きだから。
 口元が上がる。
 あぁそうか、これが〝笑う〟ということ。
 上手く笑えているだろうか。貴方に見えているだろうか。心に、届くだろうか。
 目の前の空色に手が届くことはなく、私の身体は傾いていく。赤い液体が光になっていくのが見える。
――あぁ、〝綺麗〟だ。
 こんなに綺麗な光なら、消えても覚えていてくれるだろうか。あの光は綺麗だったと、思い出してくれるだろうか。
 考えることが出来なくなって来る。どうやら時間のようだ。
 声には出ないだろうけど。それに気付いてくれるかどうかも、分からなかったけれど。それでも精一杯口を動かす。
 ずっと言いたかったけれど、言えなかった言葉。ずっと胸に秘めていた言葉。
 
〝ありがとう〟
 
――……どうか。
――どうか。
――私の光が、貴方の悲しみを優しく包んでくれますように。



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赤毛2人に愛を注ぐ日々。