――男は、手元の書類を見詰めて微笑んでいた。
何故ならば彼の思う通りの結果が返って来たのだ。そして上手い具合にそれが進んでいることも。
男は頭の中で考えを巡らせる。
自身の目的を達成するためには失敗は許されない。そしてこの目的を世界中に知らしめなければならない。
慎重に慎重を重ねて考えたあと、男は近くにいた同志に声をかけた。
「何用ですか、首領」
「〝石の灰〟を呼んで来い」
それを聞いた同志はその命令を実行するべく、直ぐに姿を消す。指示をした男――首領と呼ばれた人物は、書類を見ながら再び先程の笑みを浮かべていた。
その書類には〝蒼焔の守り神〟の一文と、〝それらしき人物〟が映されていた。
◆ ◆ ◆
秘密裏に行われているはずのレプリカの街建設だったが、情報はどこからか漏れるもの。出所は分からないが、レプリカの街が建設されるという噂は世界中に密やかに広まっていた。その噂はもちろん、ラズリとかつての仲間達から逃げ遂せたルークが滞在しているケセドニアにも届いていた。
ケセドニアに到着したあと、ルークは早々にレプリカの街についての噂が流れているのを耳にした。ラズリとジェイド達が上手くやってくれたのだろうと、彼女はほっと安堵の吐息をつく。
そしてその噂が広まると同時に、〝ルーク〟を捜索するための包囲網が若干緩んだことに気付いた。街の建設で忙しいのだろうとも思ったが、すぐに行動することは避けた方が良いと判断する。しばらく様子を見ながらそこで馬車の護衛や魔物退治をするなどして日々を過ごしていた。
ある日、ルークがいつものように路地裏近くを歩いていると、さわさわと複数の男達が話している声が聞こえて来た。普段ならば気にせず通り過ぎるところだが、単語の端々にレプリカという単語が聞こえたせいでルークは思わず聞き耳を立ててしまう。
「……ってる……か? 最近……で、……レプリカを消して回ってる奴らがいるんだってよ」
続けて男が発した言葉に彼女は目を見開く。
あまりに物騒なそれに通り過ぎることを断念し、ルークはさらに詳しく聞き取るために足を止めて壁にへばり付いた。気配を消し、男達に気付かれないようにその声に集中する。
「あぁ、知ってるぜそれ。組織ぐるみでやってるって話だろ? 組織名は確かー……〝リア〟だっけ?」
「そうそう。反《アンチ》レプリカ派の中でも、かなりやる連中らしい。世界中にいるレプリカを消して、元の世界に戻そうとしてるんだと」
「良いよな、それ。あいつら元々いなかったんだし、それに何か気持ち悪いもんな。殴っても叫ばないしさ。感情がないせいか? あー、俺も入ろうかなそこ。レプリカ消すのって楽しそうじゃん」
「レプリカだから殺しても証拠残らないしな!」と笑い合う男達。
無意識の内に力一杯握り締めたルークの手から一筋の血が流れた。握りこんだ際に爪で手のひらを傷付けてしまったようだが、彼女は不思議と痛みを感じていなかった。それよりも胸を引き裂くような怒りの方が強かったせいだ。
ルークは気配を消したまま静かにその場を離れて人気のない所に移動すると、マントが汚れるのにもかまわず壁にもたれかかる。その頭の中で先程の男達の会話がぐるぐると巡っていた。
――彼らは何と言っていた?
(レプリカを消して回っている組織がいると言った)
――その組織名は?
(……〝リア〟)
――そこはどんな活動を?
(反レプリカ派の一つで、世界中に存在するレプリカを消す、と)
瞬間、ルークの目の前にあった壁に拳がめり込む。ぶつけた際に彼女の拳からみしり、と骨が鳴ったような音が聞こえた気がした。
――忘れていた。すっかり忘れていたのだ。
周りにいたレプリカ達が被験者と関わっていたせいで、あの平和な空間にいたせいで。世界に認められているレプリカは微々たるものだということを。大半は被験者に疎まれていることを。
ルークはただひたすらに自責する。
自分のことばかり考えて、皆から、――アッシュから逃げ回って。その間に何人もの同胞達が消されていただろうに。以前助けたレプリカからそういった組織があると聞いてもいたのに。
――迂闊だった。
そう、ルークがレムの塔に行っている間にも、〝リア〟という組織は密かに活動を広めていったのだ。それはちょうど〝蒼焔の守り神〟と真逆の活動で。〝蒼焔の守り神〟がレプリカ達の間に広まったように、反レプリカ組織〝リア〟は被験者達の間で広まったのだろう。
ルークは心の中で消されてしまったレプリカ達に謝罪をする。
行動が遅れたのは自分の咎だ。そしてこの拳と、胸の痛みは己への罰だ。
――レプリカを守ると決めていたのに、自分のことを率先してしまったことに対しての。
彼女は壁にめり込ませていた拳を開き、両手をついて考える。
――さぁ、これから何をすべきだ。
消えていった同胞達の償いをしなければならない。
(〝リア〟がしようとしていることは、世界に存在するレプリカを消すこと)
――ならば。
(絶対、〝リア〟はレプリカの街の建設を潰そうとする、はず!!)
それだけは、阻止しなければならない。レプリカと被験者が頑張って作り上げようとしている街を、アッシュ達やラズリ達が協力して、街のために最善を尽くそうとしている気持ちを踏みにじるような行為だけは、絶対にさせてはならない。
噛み締めた彼女の奥歯から、ギリリと軋む音が鳴った。
(……どうする?)
しかしもうあの場に戻ることは出来ない――いや、こうなると逆に戻らない方が良いかもしれないとルークは思う。
一斉に叩かれでもしたら一溜まりもないし、あそこにいる大半の者は抵抗する知識や技術もない。ここは周りから攻めて行く必要がある。組織のアジトを探り、それを理解した上でどこかに協力を乞うても良いだろう。自分がそこへ潜むのも手だ。
何にせよ、行動を起こすためには組織の拠点や規模を知らなければ話にならない。
(とりあえず、〝リア〟に関しての情報が必要だな……)
よし、と気合を入れたところで、ルークはようやく壁のへこみと拳の痛みに気付いた。
彼女は苦笑しながら赤く腫れ上がっている箇所に裂いた布を巻く。自覚した途端にずきずきとした痛みが広がるが、放っておいてもその内治るだろうと判断する。
しかし無意識でやったこととはいえ、結構深くめりこんでいる壁のへこみは直しようがない。
ルークは心の中で家の住人に謝罪をし、早々にその場から立ち去った。
◆ ◆ ◆
世界中のレプリカを消すと豪語している反レプリカ組織〝リア〟の存在は、レムの塔からグランコクマへと戻ったジェイドの耳にも届いていた。
溢れ出るように流れ始めた噂が気になり、彼は早速その組織について調べ上げさせた。その資料が彼の手元にある。
しかしそれに目を通している間に、段々とジェイドのの眉間に僅かな皺が宿るのが見えた。
(おかしい。これほどの活動をしておきながら、今の今まで情報が入ってこないというのは……)
――そして何故、今になって情報が出回る?
ちょうど〝蒼焔の守り神〟と真逆にいる立場の組織は、被験者達の間で有名になっているらしい。その噂の広がり方も、あの二人と似たような形だ。
外部に漏れないように活動していたであろう組織。それがレプリカ達を消していると、急に広まった噂。
――これは、恐らくこれは警告だ。
(狙いは、レプリカの街……か)
そうだとしたら、向こうの組織にはかなりの切れ者がいる。この組織については、もう少し調べてみる必要がありそうだ。
ジェイドはそう思いながら深い息を吐く。
その先に待つであろう計り知れない思惑に、彼は眼鏡のブリッジを中指で押し上げながら呟いた。
「やれやれ、面倒なことになりそうですねぇ」