(気持ち――悪い……)
調べていけば調べていくほど、ルークは煮えたぎるような思いを抱えた。それほど反レプリカ組織〝リア〟はレプリカに対して酷い仕打ちを行っていたのだ。すぐにでもそれを阻止するよう行動を起こしたいところではあったが、生憎彼女は今ベッドに突っ伏して寝込んでいた。
――事の真相はこうだ。
まずルークは、〝リア〟の情報を集めるためにはどこへ行けば良いかを考えた。
古来より情報が集まる場所といえば酒場と決まっている。女となった身で酔っ払いの元へ飛び込むのはいささか気が引けたが、酔っ払っているからこそ口が滑る可能性を見逃す手はない。
(それに一応、酒は飲んでも良い歳になってる……よな?)
中身は今だ八歳だとはいえ、外見はアッシュと同じく成人を果たしているはず。しかしルーク自身、酒というものは興味本位でしか口にしたことはなかった。
ルークは一瞬どうするかと悩んだが、意を決してレプリカだということを隠し、さらには女であるということも隠した上で酒場へと入って行った。
そしてその狙いは当たっていたことを確信する。
ルークはまず相手に不信感を与えないようにカウンターで弱めの酒を注文し、それを片手に持った。
恐る恐る一口飲んでみると、ほのかな香りと甘味がじわりと彼女の口内に広がって、その後ツンとした酒独特の辛さが来る。正直な感想を言うと――美味しい。
(ふぅん。前にいたずらで飲んだときはやたらと苦かったけど、こんなお酒もあるんだなー……)
あとを引く美味さに、ルークはついちびちびと飲んでしまう。そしてそれを半分ぐらい飲んだところで我に返った。
(――って、酒飲むために来たんじゃないだろ!)
しかしこのまま話し掛けると怪しまれるのは間違いないだろう。女とは悟られないように、気さくな旅人を演じなければならない。
元来持っている声の高さは、口元をマントで隠すことでカバーすることにした。声がくぐもって聞こえるお陰で、酔っ払い相手には充分に誤魔化せるだろう。気さくな演技はあの金髪の皇帝を真似しようとルークは段取る。アルコールも手伝ってか、彼女の中に恥ずかしさあまりないようだ。
ルークは心中で気さくな皇帝を思い描きながら、さっと室内を見渡して良い感じに酔っ払っている客を探す。すると、ちょうど良い具合にカウンターに男が二人座っているのが彼女の視界に映った。顔もほど良く赤らみ、会話も弾んでいるようだ。
ルークはその二人にさりげなく近寄り、どかっと席に座る。
急に隣に座った人物に男二人は驚いたものの、ルークは気にせずに「最近ここに来たばかりなんだが、何か面白い話はないか?」と声を掛けて「マスター、この人達に強いのを」と言って、酒を奢った。
すると狙い通り、男達は気前の良い旅人に気を良くしたのか陽気に話し始めた。
極力怪しまれないようにするため、ルークは最初から核心を突くことはせず、たわいもない会話から始める。二人組はマントを深めに被ったルークを初めは怪しんでいたようだが、その気さくな態度と数杯の酒を奢ってくれる心意気にすっかり気を許し始めていた。
そしてある程度酒が回り、男達の警戒が取れて来た頃にルークはいよいよ目的の話題に入る。
「なぁ、先通りすがりにレプリカを消して回ってる奴らがいるって聞いたんだけど……」
思った通り、「あぁここらではかなり有名な話だな」と男達は食い付いて来た。どうやら彼らはその情報に詳しかったようだ。
(――当たりだ)
彼女は口元に笑みを浮べたまま、酒瓶を持って男のグラスにそれを注ぎながら話を促す。
聞くところによるとその噂が流れ始めたのは最近で、ちょうどレムの塔にレプリカの街の建設許可が出る直前ぐらいから広まり始めたらしい。一度この街にも組織の連中が来ていたこともあったようで、秘密裏に組織員を募っていたとも聞く。
組織が掲げているモットーは、〝世界中のレプリカを消して、元の世界へと戻す〟こと。普段の活動としての一例は、路頭に迷っているレプリカ達を消して回っているらしい――何てことを!――。以前はあまり表立った活動をしていなかったが、ここ最近急激な成長を遂げ、今ではかなり大きい組織となっているようだ。
その組織員達をまとめている首領の名前も分かった。深緑の髪をした細身の男で、〝モルダ〟というらしい。
しかしその組織がどこを拠点に動いているかまでは分からないようだった。
(……そりゃそうだろうな。簡単に知られちゃ国が黙っちゃいない)
まだまだレプリカに対しての偏見が根強く残っているものの、その存在は認知され、また各国にはレプリカ保護施設が出来ている。これは各国がレプリカを保護すべき存在だと謳っているも同じこと。この状態でレプリカを消すような活動をしようものなら、それは反逆とみなされて罰せられてもおかしくはない。
(だけど、何でだ? そんな活動をしているのなら、どうしてわざわざこんな目立つような噂を――)
レプリカの街が建設されるという噂は世界に広まっている。これはきっと彼らの耳にも届いていることだろう。
(ひょっとして――わざと流してる? だとしたら奴らの目的は何だ?)
こんなときジェイドがいたら分かるかもしれないが、それは望めない。しかしここまでの情報を得られたことは、ルークにとっては大きな収穫だったと言える。
(何とかして〝リア〟の組織員と接触出来たら……)
隣ではグラスを握り締めたまま急に黙り込んだルークを、一体どうしたのかと男達が顔を見合わせていた。しかし、二人はすぐににんまりと笑い合うと、ばんばんとその肩を大きく叩いた。
「何があったか知らんが、まぁ飲め! 嫌なことは忘れるに限るぞぉー!!」
そして豪快に彼女が持っているグラスに酒を注いできた。
必要な情報は聞き出せたので、ルークはすぐにでもこの場を立ち去りたかったが、彼らの好意に甘えてしまい、つい注がれた酒に口をつけてしまった。
――それがまずかった。
その酒は彼女には少しきつすぎたのだ。あっという間に酔いが回ってしまい、そこからは男達と盛り上がって、夜明け近くまで飲み明かしてしまった。
ルークが酒場から出たあとは千鳥足よろしく何とか宿まで帰り着き、部屋に入ると服を着替えることもせず、そのままベッドに倒れ込んだ。
――そして現在に至るわけである。
そう、今のルークは立派な二日酔い患者と化していたのだ。
(うわぁあ何だこれ、頭がガンガンする!)
彼女が目を覚ましたときには、すでに世界が廻っていた。続けてこみ上げる吐き気と喉の渇きを覚え、枕元に置いてある水差しから水を飲む。
冷たい水が身体の中を満たしていく。アルコールで蒸発した水分が補われるような感覚。そうして飢えた身体が潤うと、ルークはようやく一息ついた。
それにしてもこの気分の悪さは話に聞いていたのよりも酷い。しかも飲み始めて後半辺りから記憶が掠れている。覚えているのはこの部屋に帰り着いたときに、ベッドの角へ強かに足をぶつけたことぐらいだとルークは唸る。
(もう二度と酒は飲ま――、飲み過ぎないようにしよう……)
――〝酒は飲んでも飲まれるな(I know what I do when I drink!)〟――
昔から伝わっている古い言葉が身に染みた瞬間だった。
それからようやくルークが動けるようになったのは、日が暮れかけた頃だった。
疲労感はまだ少し残っているが、動けないほどではない。何より早く外の空気を吸いたかった。例え砂交じりの空気でも、自分が篭っていたせいで酒臭くなった部屋には居たくない。
そう思ったルークは換気をするために窓を開け放して、出掛ける旨を宿の主人に伝えて外に出た。一応護身のためにと、剣は二本共腰に携えた。
夜になると、ケセドニアはまた別の雰囲気を漂わせる。昼間市場で賑わっていた場所は、暗くなると露天が立ち並び、どの店からも芳しい香りが立ち込めていた。
以前は仲間達に「危険だ」と言われてあまり出歩かせてくれなかったが、今はそれを止める者はいない。ここぞとばかりに、ルークは気ままに露天を冷やかしながら歩くことにした。
(そういえば朝から何も食べてないな)
体力が回復して来るに従い、彼女の身体は空腹を訴えて来る。その空っぽの胃に優しそうなものを買うべく、ルークは露天を見渡した。
そうして見つけた路地裏近くの露天で、ルークは果物を絞ったジュースと野菜を挟んだ固めのパンを購入する。それを頬張りながらのんびりと宿へと戻っていると、路地裏から何人かの人影が出て来るのがルークの視界に映った。
――嫌な予感がする。
ルークは食べ掛けたパンを無理矢理口に押し込みながら、人影が出て来た箇所を曲がった。そして数十歩も行かない内にそれを見付ける。
仰向けになるように気絶していたのは、濁ったような白をした髪の少女。
恐らく先程の奴らに殴られたのだろう。頬が赤く腫れ上がっている。良く見ると所々鋭利な刃物で切り裂かれていたが、致命傷ではないようだ。
これならば、とルークは腰に差してあった短剣――カイツールまで乗せてもらったときにフェイディーに聞いたら、バゼラードという名前の剣らしい――を取る。そして以前アンバーを助けたのと同じように、癒しの効果がある守護方陣を少女に掛けた。
空中にあった僅かな第七音素が少女を包むと頬の腫れが引いた。それと同時に少女の睫毛が振るえ、ゆっくりと目が開く。そこにあった瞳の色は、ルークにとって今まで見たことのない色だった。
――右目は、ジェイドの瞳のような赤い色。
――左目は、青と緑が混ざり合ったような不思議な色。
その異色を放つ二つの瞳の色に、彼女はつい見惚れてしまう。
そうしてしばらく見詰め合っていたが、少女が前髪で赤い方の目を隠すことでルークは我に返った。
「あ……ごめん。綺麗だったからつい……。えっと、大丈夫か? どっか痛いとことか、ない?」
慌てて気遣うルークに対し、少女は緩やかに横に首を振った。そのまま起き上がろうとする少女の背中に彼女は手を当ててそれを補助した。
「俺の言ってること、分かるか?」
壁にもたれかかるようにして座った少女の首が、今度は縦に振られた。
それにほっと息をつく。意識に異常はなさそうだ。
すると喉が渇いているのか、少女はルークが持っている飲み物を見詰めて来たので、迷わずそれを与える。
(さてどうしよう。この時間帯だと一時保護所は開いてないし……)
隣では、こくこくとそれを飲み干す音が聞こえる。
――しょうがない。
(一時保護所へは明日行くか。今日のところはこのまま宿へ連れて帰ろう)
ルークは飲み干された空の容器を受け取りながらそう決める。そうしてどこか満足そうな少女を支えながら立ち上がらせると、目を合わせるように背をかがめた。
「俺はルキアって言うんだ。君……名前は、ある?」
少女はその言葉にこくりと頷いて言った。
「……カルサ」