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第三章 Caught 11
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第三章 Caught 11




勝ったのは。

負けたのは。




 白銀の世界に突如沸いて出た気配に、ルークがしまったと思ったときにはもう遅かった。
 視線を上げて慌てて立ち上がると、すでに彼女の周りを取り囲まれてしまっていた。その殺気立った様子から、どうにも話し合いには応じてくれそうもないことが分かる。
(三、――四人か?)
 ルークは左手を腰に据えた愛剣に添える。
 今までの思考は消し去り、殺気を周囲に散らす。それを感じ取ったのか、取り囲んでいた男達の気配が動いた。一人、二人。次々と姿を現していく。
――男達は全部で四人。
 彼女は現れた男達のそれぞれの顔をじっくりと見てみるが、まったく知らない人物ばかりだった。見たところ武器は所持していない。それを充分に確認したあとで、ルークは剣に添えていた手を離す。
(何が目的だ……?)
 なるべくなら傷付けずに気絶させたい。しかし女一人――と数えるべきか――に男四人。どう考えても多勢に無勢だ。
「……私に何の用だ?」
 ルークは相手の出方を待ちながら出来るだけ低く、威嚇するように問い掛けると、男の一人がそれに答えた。
「――〝蒼焔の守り神〟の片割れとお見受けする」
――蒼焔の守り神。
 それを聞くと同時に彼女の中で胸騒ぎが起きる。レプリカ達の間にしか伝わっていないはずのその呼び名。それを知っているのは恐らくルークを探している極一部の人間か、あるいは――
(――まさか)
「お前ら――〝リア〟の連中か!?」
「知っているならば話は早い。我々と共に来て頂きたい」
 その言葉にルークは全てを悟る。
(そうか! だから、ここには――!)
 この街に反レプリカ組織〝リア〟の噂が一切知られていないのは、ここ《ケテルブルク》が奴らの拠点であるからだ。恐らく街の中に組織員達が散らばっていて、噂が入って来るのを防いでいたのだろう。
 だとすれば、ルークはまんまと彼らの領域内に入ってしまったことになる。そして〝リア〟の情報を集めようと駆け回っていた彼女の存在は、とっくに彼らに知られてしまったのだ。
 それに気付かなかったことにルークは心中で舌打ちをし、安易に行動した自分を責めた。
「――嫌だと言ったら?」
「少々手荒いことになる」
 じり、と男達との距離が狭まった。彼女は後ろに神経を集中し、背後に気を付けながら男達と一定の距離を保つ。
 男の一人がルークに掴みかかろうと腕を開いて向かって来た。彼女はそれを避けることはせずに、あえて男の懐に飛び込む。両手を組んだ状態で下から上へと突き上げる肘打ちを鳩尾へ一発。
 倒れ込んで来るのを横へと避け、そのまま左膝と左肘で挟みこむように打つ。男は短く呻いたあと、真っ白な雪の広場へと倒れ伏した。
――まずは一人。
 女だからと舐めていた部分があったのだろう。あっという間に起こったそれに男達が若干怯んだ。
 ルークはその隙をついて一番近くにいた男に烈破掌を繰り出す。加減された衝撃波が男の腹へと直撃し、男はそのまま後方へと吹っ飛んだ。
――あと二人。
 吹き飛ばされて浮き上がった身体が白い地面に打ち付けられた音で我に返った男達が、同時に飛び掛って来た。ルークはそれが届く寸前でしゃがみこみ、掴みかかろうとした腕を避けながら足払いを掛け、手前にいた男を一人転倒させた。そしてすぐさま横へ身体をずらして立ち上がると、彼女の真後ろにいた男が急に倒れた手前の男に躓《つまづ》いていた。
 ルークはそれを見計らって倒れかけている男の後頭部へ踵落としをお見舞いすると、男から「ぐあっ」と言う悲鳴が上がり、そのまま足払いを掛けた男の上に覆い被さるように崩れ落ちた。
 足払いで転倒させた男は、踵落としで気絶した男の下から何とか這出ようともがいている。
 彼女はそれを逃すまいと、その男の顔の真横に自分の愛剣を突き刺す。その衝撃で少し切れたのか、男の頬から血が一筋流れた。
――そこまでまったくと言って良いほどの、無駄のない動き。
 その事実に、気絶した男の下でもがいていた男は呆然と視線だけでルークを見上げていた。
「形勢逆転、だな?」
――こいつらには聞きたいことが山程ある。
 さぁどうやって聞き出そうかと彼女が思案していると、その場にそぐわぬ音が聞こえた。
 ぱんぱんと、手を叩くような音が辺りに響く。
 その発信源を辿ると、そこには深緑色の髪をした男が一人。男の後ろには数十人ほどの男達がずらりと立っていた。
「お見事です。噂には聞いていましたが、これほどとは」
 軽快に笑う男を見たルークの目が引きつる。
――深緑の髪。細身の男。
「お前、……まさか――」
 そう呟いた瞬間、その細身の男は見た者をぞっとさせるような笑みを浮かべた。
――この底冷えするような笑みと殺気は。
 腹の底から撫でられるようなそれに、ルークの背中に冷たいものが流れる。
 そんな状態の彼女を知ってか知らずか、男は礼を取りながら口を開いた。
「お初にお目にかかります。焔の姫君。私の名は〝モルダ〟。あなたのご想像通り、反レプリカ組織〝リア〟の首領です」
――やはり。
 ごくりと唾を飲み込む音が、やけにルークの耳に大きく響いた。
「その首領が……私に何の用だ」
「私共の活動は、すでにあなたのお耳に入ってらっしゃるかと?」
(……世界中の、レプリカを、消す)
 ぎゅう、と彼女は拳を握り締める。
 その強さと同じぐらいの怒りが彼女の中でふつふつと沸き起こるが、今度はどう考えても逃げられない。しかし、かといってこのまま捕まるというわけにもいかない。
 何とか突破口を開かねばと考えながら、ルークは地面に刺していた剣の柄に力を込める。しかしその動作に気付いた彼が、それを止めるように口を開いた。
「あぁそれと、私はあなたにお礼をしなければと思いまして」
「……礼?」
 何の、とルークが聞こうとすると、彼――モルダは何を思ったのか身体を少し横にずらす。すると、彼の後ろに隠れるようにして立っていた人物の姿が、ルークの視界に移った。
 僅かに見えたその白い髪色に、一瞬見間違いかと疑う。しかし見間違えようもないその色に、彼女は目を見張る。
「これが随分とお世話になったようで?」
 そしてモルダの右手が、その〝少女〟の頭を撫でるようにして姿を晒させた。
――何故。
――何故、今ここに、この男と一緒にいるのだ!
「――カルサ!?」
 驚きを隠せないままルークは少女の名を叫ぶ。
 しかし、少女はただじっとその斑色の瞳でルークを見据えているだけだった。
――どうしてここに、先日別れたばかりのあの少女がいるのだ。
 しかも現在少女の頭を撫でているその男は、レプリカを消そうと企む組織の首領だ。
 混乱がルークの思考を乱していく。

――『……深い、緑、……髪。やさ……しい?』 ――

――そうだ。彼女は自分を助けてくれた人が深緑の髪をした〝優しい〟人だと言っていた。だとしたらこの人物がそうなのだろうか?
(いや、この男は……上辺だけで優しいと見せかけているだけだ)
 ならばカルサは騙されているのだろうか?でなければ信じられるはずがない。
――カルサ《レプリカ》が、レプリカを消そうとしている組織と一緒に行動しているなどと!
「カルサを離せ……」
 ルークは剣の柄を握り、ゆっくりと雪面から抜き放つ。
――もし騙されているというのならば、彼の手から彼女を救い出さねばならない。決して消させてはならない。
 その一連の動作を眺めていたモルダは、軽く笑ったあとに肩をすくめながら溜息をつく。
「やれやれ、本当に礼を言いたいだけだというのに、せっかちな方だ。ほら、カルサ。彼女に武器を収めるように〝言って〟あげなさい?」
「……仰せのままに」
「え……? カルサ――」
「話せるのか」とルークが驚いて声に出そうとした瞬間、急に彼女の身体の動きが鈍くなる。
 ルークは不思議に思って視線だけをカルサに向けると、少女は前髪で隠していた赤目をこちらに向けていた。ルークがその目を直視すると、さらにその身体は動かなくなった。
(どういう、ことだ――!?)
 彼女は何とか動かそうと腕や足に力を入れてみるが、全く動く気配はない。ようやく動いたと思った左手は何故か本人の意思に逆らい、ゆっくりと剣を鞘に戻していく。
 モルダはその一部始終を至極楽しそうに見詰めていた。
「これは人を操ることが大変得意な子でして。しかも私の言うことをよく聞いてくれる、とても良い子なのですよ」
 ルークは「本当なのか」と、赤い目で彼女を見続けている少女に目で訴えた。その疑問が伝わったのか、カルサがゆっくりと呟く。
「……私は、主《あるじ》に忠誠を誓っている。私の全ては、主のものだ」
――どうして。
「何で……」
 それを聞いたルークは、その場に呆然と立ち尽くすしかなかった。少女の隣では再び嫌な笑みをこぼしたモルダが、後ろに控えていた男達に指示をしている。
「さぁ、焔の姫君を我が城へ〝丁重に〟、ご案内して差し上げろ」
 指示された男の一人が動けないルークの傍へと立ったかと思うと、そのまま鳩尾に重い一撃を浴びせた。そのあまりの衝撃に、あっという間にルークの意識が遠のいていく。
(何が丁重に、だ――!!)
 念には念を入れているのか、霞んでいくルークの視界に布が巻かれた。恐らく、〝城〟と呼ばれるアジトの所在が分からないようにするためだろう。
――視界が段々暗くなり、遠のく意識の中。
(ア……ッシュ……)
 無意識に浮かんで来た名前に苦笑しながら、ルークはそのままゆっくりと意識を手放した。



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赤毛2人に愛を注ぐ日々。