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第二章 Chase 02
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第二章 Chase 02




『創られたモノだから』とか、『複製品だから』とか、そんなことはどうでも良い。

ただ、あなたに――……




「失礼します」と入って来た女性を見てまず視界に入ったのは、その見事なまでの群青色の髪と黄土色の瞳。全体的に白い服装で、腰には簡易バッグをつけていた。
 女性は呼び出されるがままにこの部屋に踏み入ったが、眼前にずらりと名も知らぬ六人が出迎えたので、己は一体何をしてしまったのだろうかと少々怯えているように見える。
「あの……?」
「あぁ、これは失礼。私はジェイド・カーティスと申します。少々あなたにお聞きしたいことがありまして、ここまでご足労頂きました」
「まぁ、そうだったんですか。軍の方からこちらへ来て欲しいと言われて、私、何事かと思ってしまって……。いけない、私ったら! 軽々しい言葉で話してはいけませんね」
 慌てて口を押さえようとする女性を、「いえ、堅苦しくしなくて結構ですよ」とジェイドが止めた。それに対して女性はほっとした様子を見せる。
 そのやりとりを見て察するに、この人物は人見知りをしないタイプのようだ。
「あ、申し遅れました。私は〝ラピス・バジェ〟と申します。ラピスと呼んで頂いて結構です」
 彼女はそう言って白いコートの両裾を軽く指先でつまみ、淑女の礼をとった。その仕草に戸惑いが見えなかったため、どこかの令嬢なのかもしれないと周囲に思わせた。
 それに促されるように次々とその場にいた者達が自己紹介を始める。ラピスはそれぞれの階級の高さに驚いたようだが、その割りには物怖じする様子はない。
「何だかここにいるのは場違いな気がして来たわ。まるで何かのパーティに招待されたみたい」
 ラピスはころころと鈴が鳴るように笑ってそう言う。
 それを見た仲間達は、それぞれにこれまで何十人、何百人という人間と接して来たが、特定の人物を除いたとしてもここまで人見知りをしない人物はいなかったなと感心する。自負をするわけではないが、今ではそれぞれが世界を救った英雄の一人であり、かつ各国ではそれなりの位にいる者達である。貴族達と対面したときは大体が低姿勢な態度をとるか、媚を売ってくる者が多い。
 そして初対面の人間は大抵、ジェイドの異様な赤い目に驚いて怯える。しかしこのラピスという女性は、それを見ても一向に驚かない上、死霊使い《ネクロマンサー》として世界に名だたるジェイド・カーティスの名前を聞いても反応を示さない。それどころか、逆に「あなたの目の色はとても綺麗な色ですね」と褒める始末だ。これにはさすがに、あのジェイドも驚いたようだった。
 気付けば完全にその場は彼女のペースに呑まれていた。危うくここへ来てもらった目的を忘れそうになるほど、それぐらい不思議な人物だった。
「さて、それでは本題へ移りましょうか」
 このままではいけないと気を取り直すように、眼鏡のブリッジを押し上げながらジェイドがラピスに改めて向き合う。
「いくつかお聞きしたいのですが、構いませんか?」というジェイド問いに、彼女はにこやかに承諾をする。
 そこから、質問という名の尋問が始まった。
「まず、あなたは何故レプリカ保護施設にいたのですか?」
「傷付いたレプリカ達の治療をするためよ」
 彼女は「このバッグの中に傷薬や薬草が入っているの」と言って、バッグを開けて中身を見せる。中には調合道具や、酸化しないように包装された薬草などがぎっしりと詰まっていた。他にコートの裏にも数々の薬品や薬草が縫い付けられているらしい。
「それは単なる善意で――ですか?」
「もちろん善意だけれど、それだけじゃないわ。レプリカの治療をしながら聞いて回っているの。――探している人がいるから」
「誰を探しているのかお聞きしても?」
 ジェイドがそう聞いた途端、彼女の手がぎゅう、と強くバッグを握った。
「……私の、レプリカです」
 その言葉に場の空気が止まった。彼女が一体何を言っているのか、周囲は瞬時に理解出来ない。
 僅かに震える身体。潤む瞳。ラピスはその瞳に涙を溜めながら話しを続ける。
「治療に携わったレプリカの一人から、〝あなたにそっくりな人に助けられた〟と言われて……」
「それを頼りにここへ来たと?」
 その質問に彼女が頷く。それを見たジェイドは「なるほど……」と相槌を打ちながら、さらりと確信を突いた。
「探し出して、どうするつもりなんですか?」
 それを聞いた瞬間、ついに耐え切れなくなったのか、ラピスの瞳からぼろりと涙が零れた。
 ティアが慌ててハンカチを持って彼女の傍に駆け寄る。ジェイドの隣ではナタリアが「言い過ぎですわ!」と彼を叱っていた。
 しかし、ジェイドの表情は変わらなかった。その間に礼を言いながらティアのハンカチを受け取ったラピスが話を続ける。
「違うの、ごめんなさい。ちょっと、思い出しちゃっただけ。でも安心して? 別に探し出していじめてやろうとか、そんなことは考えてないの」
 考えていないのなら、何故そんなに必死になって探しているのか。
 一同は泣き出した彼女の口から答えが出るのをひたすら待った。
「……ただ、会いたい。戻って来てって、傍に居てって、言いたいだけなの」
――〝自分のレプリカに会いたい〟
 涙目で鼻をすすりながら言われた言葉は、その場に居た全員を驚かせた。
 現時点では世界にようやくレプリカという存在が認識されたというだけで、共存していくにはかなりの年数がかかると思われていた。
 しかし、この女性は。本来ならば忌み嫌う対象であるレプリカに会いたいという。
「君は、……レプリカを嫌っていないのかい?」
 ガイが少し躊躇うように、ラピスに聞いた。しかしその問いに対して、彼女は「どうして?」と首を傾げただけだった。
 その反応にさらに周囲は戸惑う。
「人の手で作られたとはいえ、同じ時間を、場所を、生きて、生きようとしているものを、どうして嫌わなければならないの?」
 逆に心底不思議そうにそう言われて、この言葉が彼女の本心だということを知る。
「レプリカとか、複製品とか、そんなのはきっと関係なくて。この世界へ生まれ落ちた瞬間から意味はあると思うの。理由や原因がどうであろうと、この世に生を受けて、人と同じように呼吸をして、精一杯生きようとしている。レプリカだって生きるために生まれて来たのよ」
「こんなこと言ってるから故郷じゃ変人扱いされていたんだけど」と、彼女は明るく笑う。
 彼女の言葉が仲間達の間でじわりと心に染みこんでいく。早くルークを探さなければと思うが、今はそれ以上に全員がこの群青の存在に興味を持っていた。
(やれやれ……皆さん、完全に彼女に惹きこまれましたね。……まぁ、私も人のことは言えませんが)
 周囲の視線が彼女に集中するのをジェイドは苦笑しながら見守っていた。
 しかし確かにこの女性は興味深かった。今までに出会った人間とは、別世界にいるような感覚。
 それならば、とジェイドは本腰を入れて彼女の話を聞くことにした。
 
 ラピスは早くから両親を亡くし、両親が残してくれた遺産で細々と生活をしていたらしい。家は辺境の谷の街にあり、家業が薬剤治療を行っていたので彼女はそれを受け継いだ。元々薬を調合することは好きだったので、それを使って治療したり、ときには商品として売ったりする生活だったらしい。
 そんなとき、路上で迷っていたラピスのレプリカと偶然会ったのだという。
 彼女とそっくりなそのレプリカと出会ったときは驚きはしたものの嫌悪感はまったくなく、むしろ双子の妹のように思えて嬉しかったらしい。そのまま治療にかこつけて自宅に連れ帰り、色々と世話を焼くようになったとか。
 家に連れ帰って名前を聞くとそんなものはないというので、自分の名前の由来である鉱石の名前から、〝ラズリ〟と名付けたという。
 それからの日々を共に過ごす中で、言葉や知識を教えていく内に自我が目覚めたのだろう。ラズリが初めて名前を呼んでくれたことや、教えたことは絶対に忘れないことなど、はたから聞いていると惚気にしか聞こえないような話し振りだった。
 そして彼女はラズリを絶対にレプリカとして扱うようなことは一切せず、今では自分にとってなくてはならない存在になったのだと話してくれた。
 しかしある日突然、彼女は荷物を持って姿を消したという。
「きっと優しいあの子のことだから、私が周りに何と言われているかを知って、迷惑をかけないようにとのことだったんだろうけど」
 そう言いながらラピスは寂しそうに微笑む。だからこそ探し出して、本人にこう言ってやるのだと口に出す。
「私はラズリがいないと生きていけない。ラズリがいないと寂しいわ。一人で生きるなんて言わないで、私はあなたと一緒に生きていきたいの」
 彼女の話が終った。
 ラピスの話しを無言で聞いていた一同はそれぞれに考え込んでしまう。アッシュもまた、自分自身と重ね合わせていた。
 己はあの存在に対して一度でもこんな風に伝えたことがあっただろうか。いつも否定ばかりして、傷付けてやしなかったか?心の隅では認めていたくせに、それを認めるのが怖くていつも思うが侭に罵っていた。作られた存在でも心はあって、心ない言葉に対して傷付いたことが何度もあるだろう。
――それでも精一杯生きようとしていたのに、生きたいと思う気持ちだけはきっと同じだったのに。
 後から後から悔いる気持ちがアッシュの中から湧いて来る。それは他の仲間達も同じだった。
――もし、あの時、言っていれば。口に出してはっきりと、言えていたら。
 あの朱はこの腕の中に居ただろうかと、思いに耽る。



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自己紹介:
赤毛2人に愛を注ぐ日々。