カイツールまでの道程は順調だった。魔物はそう強くはなかったし、馬車だということもあってスピードもある。
それに嬉しい出会いもあった。目的地までの馬車を操っていたのはなんと、ルークがタタル渓谷から徒歩でケセドニアへ向かっていたときに馬車で送ってくれた上、その腰に携えている短剣をくれたあの女性だったのだ。
よろしくと言って顔を合わせたときは、ルークとその女性は互いに「あのときの……!?」と言って驚いた。
「いやぁ、髪染めてて一瞬分からなかったけど、瞳の色と顔が同じだったからねぇ」
続いて聞かれた「何故髪を染めているのか」という問いには、ルークは目立つからという適当な理由で誤魔化しておいた。
聞きそびれていた女性の名前は〝フェイディー〟といって、武器店の主人カームの妻であるということも分かった。彼女はたまにこうして武器の搬送を手伝っているらしい。
(多分、あそこで拾ってくれたときも搬送の途中だったんだろうな)
馬車乗りも知り合いということでますます気兼ねのない旅となるが、しかしその楽しい旅はあっという間に終わりを迎える。
一向はカイツールに難なく入り、そこでフェイディーと別れることになった。女性一人の旅路となることに不安を覚えた二人が帰りは大丈夫かと問えば――
「盗られて困るような荷物ももうないし、軽くなった馬車はスピードが上がるしね。それにあれぐらいの魔物は、私一人でも充分さ」
――と笑顔で返された。続けて「私にゃ相棒がいるんでね」と言って見せられたのは、ルークが使用している愛剣の倍以上はある大剣――武器の名前を聞いたら〝ツヴァイハンダー〟というらしい――これなら大丈夫そうだなと二人は笑顔で馬車を見送った。
ルークとラズリはそれからすぐにカイツールを出て、目的であるカイツール軍港へと向かう。
しかし入り口近くまで来ると、その付近に見張りの兵士が立っていた。
――さてどうするか。
例えこのまま突っ込んだとしても怪しまれるだけだろう。かといってこのままここに居るわけにもいかない。何とかして中に入り、レムの塔へ行く手がかりを見付けなければ。
ああでもないこうでもないと二人で悩んだ末に、兵士の目をごまかすために一芝居打つことに決めた。
「あの……」
「ん、何だ? お前達は」
「実は二人でここまで旅をして来たのですが、連れの具合が急に悪くなりまして……。よろしければ少しの間、中で休ませて頂けないでしょうか」
ラズリは具合が悪くなった振りをしているルークを支えている。
兵士は当初、「女性二人がこんな所まで旅を?」と不思議に思っていたようだが、具合が悪いという者――しかもかなりの美人――を、無理矢理追い返すわけにもいかなかったようだ。結局その兵士は「少しだけだぞ」と言って中へ入ることを許可してくれた。
――中へ入ればあとはこちらのもの。
ラズリと共に、他の兵士に見付からないように姿を隠して周辺を探ることにする。
目指すは船が停船している場所。
周りに気を張りながら移動していると、一人の軍人がこちらに気付いて近付いて来るのが分かった。迷いなくまっすぐこちらへ向いているその足取りに二人は慌てる。
しかしここで逃げても逆に怪しまれるだけだと判断し、平静を装って対応することにした。だが不思議なことに、目の前に立った軍人はこちらをしばらく観察しているだけで二人を捕まえようとする気配は一切ない。その意図が掴めずに警戒していると、軍人は周りに聞こえないような小声でこう言って来た。
「ひょっとして――あんた達も、レムの塔へ向かっているのかい?」
その言動に彼もまたレプリカだということが分かり、ルークとラズリは驚くしかない。
「ということはあなたも〝同胞〟? でも何故、軍人の格好を……」
同じような小声でラズリが問うと、彼は胸元から紙を取り出してルークに渡す。
「それはあとで話してあげる。今夜月が見えなくなる頃、ここに書かれている場所へ来て?」
それだけ伝えると、軍人の格好をしたレプリカは早々にその場から居なくなった。その背中を見送りながら、一体何が起こったのか分からずに二人で呆けていたが、今は彼の言う通り夜を待つことにした。
夜になり、月が沈んで見えなくなった頃。二人はこっそりと軍港を抜け出し、指定された場所へと向かった。
彼から指定された場所は、軍港から少し離れた崖にある大きな木の下にあった。何故こんなところにと不審に思ったが、大人しく彼の言うことを信じて待つ。
そうして半刻と経たぬ内に彼が姿を現した。昼間は軍服に身を包んでいたのでよく分からなかったが、全体的に細身で小柄な人物だった。髪色は灯りがないせいで良く見えないが、若葉に近い色をしている。その小柄な人物は〝リド〟と名乗った。
リドは自身の名前を告げると、すぐさま「こっちこっち」と言って誘導を始める。どこへ行くのかと思いつつも二人がそれに従うと、彼は大木のすぐ近くにある茂みに入って行くではないか。
彼を見失わないように慌てて追って行くと、茂みの中には崖下へと降りる階段があった。さらにそれを降りると空間が開けて洞窟が出現し、目の前に一隻の船が現れた。
「人目につかない内に」とせかされ、わけが分からぬまま二人は船に乗り込む。
そうして船が軍港から静かに離れ、ある程度の距離に来るとようやくリドが口を開いた。
「ようこそ、同胞達。改めて紹介するね、僕の名前は〝リド〟。レムの塔で街を作ろうとしているグループの一人で、自我を持ったレプリカをレムの塔まで送り届けるのが僕の役目さ。まぁ、他にも物資運搬とかまかされてるんだけどね」
まくしたてられるようにそう言われ、ラズリとルークは戸惑った。
「それで? レムの塔には観光にでも?〝蒼焔の守り神〟さん?」
ついで出て来た言葉に驚いたラズリは「何故それを」と呟く。二人の名はまだ教えてない上に、お互い初対面だ。その彼が気付くほど、自分達の顔は知れ渡っているのだろうか?と二人は思う。
「〝焔色の瞳〟に、〝蒼い髪〟をした二人組。僕達の間じゃかなり有名な話だよ? ま、被験者達はどこまで知ってるのか知らないけどね」
――そこまで浸透しているのか。
その事実に、二人共がつい溜息をついてしまう。
「分かった。とりあえずその〝蒼焔の守り神〟って呼ぶの、やめてくれないか。背中がぞわぞわするんだ。俺の名前はルキア。んでこっちが――」
「ラズリよ」
「よろしく」と笑顔で挨拶を交わす。
軍港から大分離れたせいだろうか、船のスピードが上がっている。船体の横には白波が次から次へと外側に向けて波打っていた。
それにしても通常の船とは思えないほどのスピードだ。改造でもしているのだろうか?
内心首を傾げている間にもリドは器用に船の舵を操りながら、二人を横目で見ている。
「ふぅん?〝守り神〟って大層な異名が付いてるから男なのかなと思ってたんだけど、二人共女だったんだね。格好のせいで男だと思われたのかな? 女なら守り神っていうより、女神の方が合ってるよねぇ。〝蒼焔の女神〟! うん、良いかも。皆にそう伝えと――」
「「やめて、くれ」ちょうだい」
重なった否定の言葉に「つまんないのー」と心底楽しそうに話す少年は、その話し振りからかなりの話好きのようだ。レムの塔がある孤島に着くまでには多少時間があったので、二人はもののついでにと少年について色々と話を聞くことにした。
リドも逃亡生活を送る内に言葉を覚え、自我が目覚めた口らしい。感情を表に出すことを覚えてからは、被験者達にまぎれて生活するようになったという。中にはレプリカと知らず、親身になって世話をしてくれる人もいたようだ。
「だから僕は被験者を嫌っちゃいない。ま、好きでもないんだけど」
「興味がないだけなんだ」と言って彼は笑う。
そうして当てもなく彷徨っているときにレムの塔の話を聞き付け、街を作ろうとするグループに入ったようだ。レプリカの街を作ることに特別な執着心はなく、面白そうだと思ったから入っただけだという。彼は昔の経験を買われて、この船を手に入れた――どこで手に入れたかはあえて聞かなかった――あとは、現在の役目をまかされているらしい。
「僕は物を作ったり、音機関をいじるのが好きなんだ。前に造船工場で働いてたことがあってね? あそこは楽しかったなぁ。毎日のように音機関を扱っててさ、そりゃ怒られることもあったけど。音機関は怒らないしね。手懐けたら可愛いもんだよ。あ、二人はシェリダンって知ってる? 僕、あそこへ一度行ってみたいんだ! 空飛ぶ音機関、アルビオール! 見ておかないと損だよね! それ以外にも、音盤ってのを使って音を鳴らす自鳴琴《オルゴール》っていう譜業があるって聞いたよ。あぁどんな構造になってるのかな、分解して調べてみたいなぁ」
リドはうっとりと夜空を見詰めながら、固有の世界へ入って行ったようだ。
ルークはそれを遠い目で見ながら、似たような趣向を持つ特定の人物を想う。
(ガイと良い友達になりそうだな……)
そうこうしている間に船はレムの塔がある孤島へと近付いた。二人はてっきり島の端に着岸するのかと思っていたが、船はそこを通り過ぎてレムの塔の真下付近まで移動する。
「何で端に着けないのかって? 物資とか運ぶときに遠いだろ! それに魔物だっている。なるべく移動距離は短くした方が良いっしょ」
ふんふんと鼻歌まじりに舵を操り、器用に真下の岩陰にある洞窟に入る。そこはちゃんと船が入れるように広げられており、また、うまく外界から見えないように隠されていた。
「ここ、良いでしょ! 僕の超大作! こういうの作るのも得意なんだよ。あそこに通信機も作ってあるんだ。この船と、僕が持ってる小型通信機と連絡がとれるようになってる。大抵僕はこの船に乗ってるか、カイツール軍港に身を潜めてるかのどっちかだからね」
矢継ぎ早にまくしたてられ、あっという間に岸へと下ろされた。リドは船から簡単な物資を持って来て、自分達に手渡しながらさらに続ける。
「出口はあっち。階段があるから直ぐ分かるよ。本当ならついて行くべきなんだろうけど、僕にも役目があるからね。夜が明ける前に向こうへ戻らないと! 詳しいことはレムの塔にいるリーダーに聞いて? 髪が黄金色だからすぐ分かると思うし。でも心配はないと思うよ? あんた達かなり有名だから。あ、何かあったらそこの通信機で連絡してね! ちなみに通信機はリーダーも持ってるから。定期的に物資を運んでくるから、またすぐに会えると思うけど。いけね、もう行かなくちゃ。あ、これリーダーに渡しておいてね。じゃあね、頑張ってねー!」
ばたばたとさながらマシンガンのようにそう並べ立てたあと、船を出し始めるリドを呆然と二人で見送る。
途中でお礼を言ってないことに気付き、「送ってくれてありがとう!」と慌てて叫ぶと、その声が届いたのか、船からリドが手を振るのが見えた。
ラズリとルークはしばしの間、それを呆けたまま見詰めていた。
「……何だか忙しい子だったわね……」
「呆気にとられるって、こういうことを言うんだろうな……」
――開いた口がふさがらない、とも言うんだっけ。
遠ざかっていく船を見ながら、二人はぼんやりとそう思った。