ここにいることはすでに相手には分かっているだろうなと考えてはいたが、まさかこんなに行動が早いとは思っていなかった。そうだ。向こうにはこういったことに関してやたらときれる軍人がいるということを、ルークはすっかり忘れていたのだ。
(やっべぇ……! 早く隠れるか逃げるかしねぇと!!)
――まだ彼らに見付かるわけにはいかない。こちらにも心の準備というものがある。
急に窓に張り付いたかと思えばじっと空を睨み始めたルークに、ラズリとアンバーは戸惑っていた。二人にどうしたのかと声を掛けられ、ルークは「あいつらだ」と震えながら答えた。
それにつられてラズリも外の様子を窺う。
以前、ルークが彼女に話した空飛ぶ音機関がレムの塔周辺を旋回しているのが見えたのだろう、ラズリの顔色が変わった。
「やばすぎる」と呟きながら、ルークはその場で頭を抱えた。
――考えろ。考えるんだ。そう、まずはここから出なければ。孤島であるここから出るためにはどうすれば良い?そのためには――船だ。
そういえばリドが、アンバーにも小型無線機を渡してあると言っていたことをルークは思い出す。
「アンバー! 悪いけど、リドと連絡がとれるか!?」
「あ? あぁ、小型無線機ならそこに置いてある」
「ボタンを押せば繋がるはずだ」という彼の説明を聞くのもそこそこに、ルークは急いでボタンを押した。
発信音が数回鳴ったあとで思ったよりも早くリドが応答した。彼の特徴的な明るい声が無線機の向こうから聞こえる。
『はいはーい。こちらリドー。どうしたのー?』
場を和ませるどこか間の抜けた声質は、今は苛立ちを増幅させるものにしかならない。
ルークは焦りを抑えながら叫ぶように問い掛けた。
「リド、今すぐこっちに来れるか!?」
『おろ? その声はルキアかーって何をそんなに慌ててるのさ』
――ええいまどろっこしい。
「理由はあとで話すからすぐ来てくれ! 今すぐ来たらお前の憧れてる空飛ぶ音機関が見られるぞ!」
『うっそマジでえええええええ!! すぐ行く! 超行く!』
アルビオールの存在を伝えたのは、彼にとっては効果絶大だったようだ。リドは興奮冷めやらぬ勢いで叫びながら、急いでこちらに向かう旨を伝えてくる。
あの様子なら全開のスピードでこちらに来てくれるだろう。しかしそれを見ることが出来ないことに、ルークは少し罪悪感を感じた。
(ごめん、リド。多分アルビオールは一瞬しか見れないと思う……)
これで塔から出る交通手段は確保した。あとは仲間達をどう対処するかだ。
(だからってここをほっぽって行けねぇし……!)
早く決めないと時間がない。
話を上手く進めるためには、レプリカと仲間達の間にどうしても仲介役が必要だった。向こうの内情とこちらの内情を深く知っている人物が居た方が、レプリカにとっても、向こうにとってもやりやすいことは明らかだ。
しかし、ルークがそこに収まるわけにはいかない。
――両方の内情を知っており、かつその間を取り持てるような人物――ということは。
ルークは恐る恐る目的の人物へ目線を送る。その視線はばっちり青い髪の彼女とかち合った。彼女はそのままくるりとラズリの方を向くと、半ば泣きそうになりながら叫ぶ。
「ラズごめん! あいつらが居なくなるまで俺は身を隠すから、あと頼んで良いか!?」
わなわなと震えながら懇願するその様は何とも情けないとルークは思う。しかしそれぐらい必死なのだ。
ラズリならば向こうにも素性がばれていないだろうし、何より現在のルークのことを一番に知っている。何よりこの場で一番信頼出来るのは彼女しかいなかった。
ルークの潤んだ瞳がラズリを見据える。ルークはラズリがこの表情に弱いことを知っていた。じっと見詰め合っていた視線が諦めたように彼女から降ろされ、同時に溜息をつかれる。
「……分かったわ」
「ありがとう! ラズ大好き!」
そしてルークは、次にアンバーの方へ向き直る。
「アンバー。もうすぐここに、先話した俺の仲間達が来る。その中には多分、マルクト帝国のうさんくさそうな軍人と、やたらと軽装な貴族とか、ダアトの元導師守護役《フォンマスターガーディアン》やら、ユリアシティ出身の音律士《クルーナー》やら、キムラスカ王国の王女に、――〝本物のルーク〟がいると思うから、そいつらと話してみてくれ。詳しいことはラズリが知ってる」
アンバーは半ば押される勢いで聞いているに近いかもしれないが、黙ってルークの話を聞いていた。
「あと……特にその軍人辺りに、きついこと言われるかもしんないけど、くじけんなよ! レプリカを守ろうとするお前達の活動は間違ってないし、何より俺が応援する! レプリカだって生きてんだ。生きようとしてる者を止める権利なんて誰にもないんだ! だから、絶対、大丈夫!」
ルークは矢継ぎ早にそう言うと、急いでその場から離れようとする。しかしそれを、何故かラズリが「とりあえず落ち着いて」と引き止めた。
「これが落ち着いていられるか!」とルークは叫ぶが、彼女は黙ってルークの髪を指で差した。
彼女は一瞬、ラズリが何を言おうとしているのか分からなかったが、そういえば髪が朱いままだったことに気付いてさらに慌てる。
(落ち着け、落ち着け!)
急いでルークは目を閉じて何度も変えようとするのだが、変わらない。
そういえばローレライが『激しい混乱云々のときにも元に戻る』と言っていたのをルークは思い出し、その場で完全に固まってしまう。
そうしている間にも、一刻一刻と〝そのとき〟は近付いていた。
◆ ◆ ◆
「レムの塔上空です」とのノエルの言葉に、その場に居る全員に緊張が走る。
孤島へはすぐに着陸することはせずに、しばらく周囲を旋回して様子を見ることにした。
アニスが首を傾げながら、「頂上にあんな模様あったっけぇ?」と呟き、周囲もそれを見て気にはしていたが、今はそれについて論議をしている場合ではない。早く行かなければまた逃げられてしまう。
威圧感を与えないようにと、アルビオールはレムの塔から少し離れた場所に着陸した。魔物に警戒しながら機体から降りると、塔の周辺にちらほらとレプリカの姿を見掛ける。
向こうもこちらに気付いたようで、何事かと様子を窺っているようだ。
レプリカ達から特定の部類の視線を浴びながら、一同はゆっくりと進んで行く。
「やはり、というか……私達を見る視線が痛いですわね……」
「えぇ……。レプリカはほとんどが被験者から酷い扱いを受けているもの、当然のことだわ」
居心地が悪そうに、ナタリアとティアが話している。憎しみが篭った視線をぶつけられながら、それでもめげずに塔の入り口へと近付いて行く。
すると、二つの人影がその入り口から出て来たのが見えた。ここからはよく見えないが、男と小柄な女のようだった。
その二人が出て来た途端、ざわめいていたレプリカ達が口をつぐんだ。一気にその場に音がなくなっていく。
周囲に緊張感が漂う中、その二人はこちらへと近付いて来た。
(レプリカ達をまとめている存在――といったところか)
アッシュは冷静に状況を判断する。
そうでなければ、あれほどざわめいていたレプリカ達が皆一斉に口を閉ざすなどありえない。だが、それにしては二人を見詰める視線がおかしい。
(羨望……? いや期待……か?)
そのどこか崇め奉っているような視線にアッシュは違和感を覚える。二人いる内の一人はまとめ役に徹している人物には違いないだろう。
しかしもう一人は何だ。周囲のレプリカ達からこんな風に見詰められるほどの人物とは。
塔から出て来た二人は、アッシュ達とある程度の距離を保つようにして立った。女性の方は男性に隠れるようにして立っているためによく見えないが、ちらりと見えた髪の色は――青。
そして男が立ち、隠れるようにしていた女が横に並んだときに見えたその顔は。現在共に行動している人物の一人と酷似していた。
まさか、と己を含む全員がそう思ったとき、琥珀色の髪をしたレプリカが口を開く。
「被験者がここに何の用だ。興味本位でここに近付いたのであれば、即刻ここから――」
「――ラズリ!!」
「立ち去れ」という彼の言葉を遮るように、叫び声が上がる。しかもそれは、アッシュの後ろから聞こえた。女性陣の後ろに隠れるようにして立っていたラピスが、ずっと捜し求めていた青を見付けたのだ。
目の前に立つ、ラピスと同じ顔をした青い髪の女が信じられないといった様子で口を開く。
「……ラピス……」
それは、青と群青が混ざり合った瞬間だった。