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第二章 Chase 11
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第二章 Chase 11




探していた。

ただ一人、あなただけを。




 ラピスのレプリカだというラズリが被験者の名を呟いた瞬間、群青の髪がアッシュの前を走り抜けた。そしてそのまま青い髪の彼女に抱き着き、ラピスはその名を叫びながら涙を流す。
 その行動に周囲は驚いた。
 周りにいたレプリカ達は、突然〝蒼焔の守り神〟の片割れに抱き着いた被験者に。逆に被験者達は、抱き着かれたレプリカが想像以上に表情豊かだったことに。
 だが今は、とにかく二人の様子を見守ることにした。
「ラズリの馬鹿! どうして黙って出てったの!? 探したんだからね! ずっと探してたんだからっ! もういないかもしれないって思っても、それでも諦めずにずっと……!」
 ぎゅうぎゅうとその身体を抱き締めながら、ラピスは泣きじゃくっていた。その様子に胸を痛めたのか、彼女のレプリカ――ラズリは謝罪の言葉を口にした。
「……ごめんなさい、ラピス。でも、私がいるせいであなたに迷惑を掛けたくなかったから……」
 迷惑という言葉にラピスが反応し、がばりと顔を起こすと謝る彼女と目を合わせた。
「迷惑って何? 私がラズリのことを迷惑だって、一度だって言ったことがある!?」
「ラピスが……、周りの人達に『化け物と一緒に住んでる変人だ』って、 言われているのを聞いてしまったから……」
 ラピスの物凄い剣幕に少し躊躇いながら、ラズリは家を出た理由を話した。それを聞いた彼女はさらに憤慨する。
「もう! ラズリは優しいからそんなことだろうと思ってたけど! 本当に馬鹿ね! 良い? ちゃんとその耳で聞きなさいよ!?」
 噛み付くようにして言われるそれに、ラズリは驚きながらも大人しく頷いている。仲間達も――、アッシュでさえ彼女の変貌振りに驚きを隠せない。
「レプリカは複写人間だって言われてるけど、それじゃ一卵性双生児はどうなるのよ! 双子だって見た目はそっくりじゃない! そりゃレプリカは人間に作られた存在で、死に方だって違うかもしれないけど、でも違うのってそこだけでしょう? 生きようって、生きたいって思ってるのは、人間もレプリカも同じでしょう……?」
 朗々と彼女の口から紡がれる言葉は、周囲に優しく響き渡っていく。
 そんな二人に興味を示したレプリカ達が、少しずつだが距離を縮めて来ていた。
「それにねラズリ。複写人間って言うけれど、 私とラズリを並べてごらんなさい。どう見たって似てないじゃない! ラズリの方が可愛いし、優しいし、何よりその笑顔! 私には絶対真似出来ないわ! ほら、こんなにも〝違う〟ところがあるのに、それを〝同じ〟だと言って嫌悪する人達が愚かなのよ!」
 ラピスの言葉が、ここにいる全ての者の心に浸透していく。
「周りに何と言われようが、私は良いの。そんなことよりラズリが傍にいないことの方が、怖いし、寂しいわ。だからラズリ、黙っていなくならないで? 私はラズリがいないと生きていけない。だってラズリは……私にとってたった一人の、〝誰よりも近いところにいる存在〟なんだもの……」
 怒りの言動がしゃくりあげるようなそれへと変わっていき、ついには鼻声になっていた。可愛らしい顔立ちは、今や涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。
 ラズリがそれを手で拭ってやっている。気付けば彼女もまた、涙を流していた。
「ごめん、ごめんねラピス。探してくれて……ありがとう」
 ラズリが微笑みながらそう言うと、ラピスはさらに声を上げて泣き始めた。
「ばか、ばかぁああ! もう絶対離してなんかやらないんだからぁ!」
 そしてラズリは「もうどこへも行かないでぇ……」と、か細く呟く彼女を優しく抱き締める。
 周囲は、そんな二人の世界にすっかり飲み込まれてしまっていた。
 ラピスの言葉に感動し、もらい泣きをするアニスやナタリア。無事に再会したことを純粋に喜ぶティアやガイ。そして、何やら思案しているジェイドに加えて同じ様に考え込んでいるアッシュ。
(――俺は、あいつを憎むことしか知らなかった。憎むことで自分を保っていた。あいつはいつも、俺のことを気にかけていたようだが……俺はあんな風に心配だ、とか、寂しい、とは思わなかった……な)
――思えなかった。あのときは。思う余裕すら、なかった。では、今は? ローレライを解放し、自分もあいつも再びこの場に降り立つことが出来て、レプリカとか被験者だとか、こだわる必要がなくなった今は。
(……傍にいないと、落ち着かないのは確かだな。……絶対口に出してはやらないが)
 音譜帯で目が覚めて、目の前にあの朱がいないと気付いたときのあの焦燥感は。自分に喰われたせいで、あれが自身の身体を失ったと聞いたときのあの喪失感は。生きていると知り、自分から逃げていると知ったときの渇望は。今も、アッシュの胸の胸の奥に根付いている。
 だからこそ、彼はここまであの存在を捜し求めて来たのだ。
 そう、〝蒼焔の守り神〟の片割れがいるということは、もう一人ここにいるはず。アッシュは本来の目的を思い出し、握っている拳に力を入れた。
 そしてそれぞれが思いに浸っている中、案の定この男がその場を崩した。
「さて、感動の対面はここまでにしておいて。色々と積もる話もあるでしょうし、とりあえず中へ移動しましょうか♪」
 
 
◆ ◆ ◆
 
 
 会議室を慌しく出たあと、ルークは寝泊りしている部屋へと戻り、簡単に荷物をまとめていた。
 仲間達を惹き付けるためにアンバーとラズリの二人には出てもらっている。それぞれが話している間に、ルークが隠れて逃げるという算段だ。時間的に考えても、もうすぐリドが来る頃だろう。
 荷物をまとめている間に落ち着いたのか、彼女が〝ルーク〟であることを示す髪の色も緑へと戻っていた。だがそのままだとやはり目立ってしまうと思ったルークは、マントを羽織ってそれをごまかす。
――これでいつでも逃げられる準備は整った。
 そうなったところで、彼女はようやく窓から外の様子を窺った。
 遠目でよくは見えないが、ラズリが誰かと抱き合っているのが見える。その髪の色がラズリより深い青――群青色をしていたことで、その人がラズリの被験者だということにルークは気付く。
(ひょっとして……あれが、ラズの言ってた――ラピス?)
 どうしてあいつらと――とルークは考えたが、自分達の異名を考えたら容易に想像はついた。大方、〝蒼焔の守り神〟を探していたらラズリとそっくりなラピスが見付かり、向こうもラズリを探しているということで行動を共にした――というところだろう。
(ラズも言ってたしな。きっと自分を探してるって)
 現にラズリはその人物を拒むことなく、されるがままになっているようだ。恐らく下では、感動の再会の真っ最中だろう。
 しかしラズリがラピスに捕まったとなると、ルークはここから先、彼女と共に旅をすることはもう出来ないなと悟る。それを残念に思ったが、彼女のまんざらでもない様子に幸せならそれで良いとルークは思う。
(別れるのは、かなり寂しいけど……。しょうがないよな)
 その眼下では、いよいよラズリと仲間達が動き始めていた。
(やっぱ中で話すつもりか。まぁどうせ中に入ろうって言ったのはジェイド辺りだろうけど)
 ルークはそこでふいに、ぞろぞろと中に入る集団の中に紅色を見付ける。それを見た途端、どくりとその心臓が波打った。
――彼が、いる。
 自分を嫌っているはずの彼が何故ここにいるのだろう。ひょっとして自分が思っているほど嫌われてはいないのだろうか?いや、優しい彼のことだから、周りに絆されて仕方なく着いて来ているのだろう。
 落ち着け、落ち着けとルークは繰り返し呪文のように呟く。
 大丈夫、まだ見付かってはいない。あとは短い時間の中で考えた作戦を実行するだけだ。今頃、アンバーが仲間達を会議室へと誘導しているはず。中で話しが始まった頃にレムの塔を抜けて、リドが待つ船着場へと走るだけだ。
 ルークは冷静にこのあとの予定を立てる。そうしていざ部屋を出ようとしたが、ふと黙って行くのも悪いかと思い留まり、ラズリに簡単な書置きを残して静かに部屋を出た。
 そこまでは良かったが、出口へ行くにはどうしても会議室の前を通り過ぎなければならない。
 ルークは普段より入念に気を配りながら気配を完全に断ち、そこを慎重に通り過ぎようとした。
 しかしふいに、中から懐かしい声達が聞こえて来て彼女は思わず足を止めた。
(……せめて声だけでも聞いていこう。それぐらいは許されるよな……)
 ほんの少しだけだと、ルークは壁に身を寄せ隠れるようにして耳を澄まし、彼らの話す声に集中した。
 
「まずは自己紹介だな。俺はアンバー、一応塔内にいるレプリカ達をまとめている立場にいる。横にいるのは――以前被験者から俺を助けてくれたラズリ、だ」
 そう言って彼に紹介されたラズリの方は、なかなか言葉を発せずにいた。その原因は、先程からラズリの腕をがっしりと捕まえて離そうとしない彼女の被験者、ラピスだ。
 それを温かく見守る周囲の視線に、ラズリは恥ずかしいやら嬉しいやらで、複雑な思いを抱えていた。
 微妙な雰囲気の中で各々の紹介がされていく。
 ラズリはある程度ルークから話を聞いていたが、実物をこうしてちゃんと目にするのは初めてだった。その中には以前タタル渓谷で見た〝ルーク〟の被験者、アッシュもいる。彼女は周囲に気付かれないように、それぞれの顔と名前を一致させていった。
 そしてルークの言う〝うさんくさい軍人〟だというジェイドが、ここの状況についての説明をアンバーに求めていた。何でも彼らが来たときよりも塔内の様子がかなり変わっているらしく、ある意味でそれは当然のことと言えた。
 アンバーがここの現状について簡単に説明すると、その度に周囲が驚いていた。
 彼の説明はラズリとルークがここに来てから聞いた内容とそう変わらないものだったので、ラズリはお陰でゆっくりと彼らの表情を窺うことが出来た。
 そうしてある程度の説明が終わったとき、いよいよジェイドが本題に入ろうと表情を固める。
「成る程、ここの状況は粗方分かりました。これはあとで根を詰めて話し合うことにしましょう。さて、ラズリ。あなたに少しお聞きしたいことがあるのですが、構いませんか?」
――ついに来た。
 ラズリはその覚悟が表に出ないように努める。
 そして恐らくこれは、先程からひっそりとこの部屋の扉に張り付いている〝彼女〟も、同じように思っていることだろう。
 彼女が言うように、この軍人にはまったく隙がない。
 ラズリはこちらの考えが悟られないように、再度気を使いながら了承した。
「我が国の首都、グランコクマのレプリカ保護施設で提出された報告によると、昨今レプリカ達を保護して回っている女性二人組が目撃されています。何でもその二人組は、レプリカ達の間では〝蒼焔の守り神〟と呼ばれているとか。……ラズリ、あなたはその内の一人で間違いありませんね?」
 ジェイドの質問にラズリは黙って頷く。
「では、もう一人のことを教えてもらって構いませんか? これまた報告によると、新緑のような碧の髪に焔のような瞳をしているとか」
 ラズリはしばらくその情報の出所を思案していた。そうして何と言って説明をするべきかを考えていたとき、ジェイドから向けられる揺るぎない視線に、彼女はもはや言い逃れは出来ないことを悟る。
(ごめんなさいルーク、この人には適わないような気がするわ……)
「えぇ。彼女の名前は〝ルキア〟といって、ケセドニアで不埒な男共に絡まれているところを助けたの。そのあと彼女も私と同じレプリカだと知って、行動を共にするようになって……。そのときに、隣にいるアンバーも助けたの。それをきっかけに、ケセドニアを出たあとも旅をしながら各地にいるレプリカ達を保護して回っているわ」
『不埒な男共に――』のところで、今まで黙っていたアッシュの眉間に皺が増えるのが見えた。ルークの被験者だと言うのに、やはりそういった表情の取り方は似て非なるものだとラズリは思う。
 内ではアンバーが、外ではルークが冷や冷やしながら彼女の説明を聞いている。ラズリ自身としてもなるべく〝彼〟と〝彼女〟に影響がないように、当り障りの無い説明をしたつもりだった。
 しかし赤目の軍人は、それを意にも介さず確信を突いて来る。
「成る程、〝ルキア〟についての情報は結構です。では、〝ルーク〟という名に聞き覚えはありませんか?」
 その言葉に、ラズリとアンバー、さらには外にいるであろうルークに一瞬緊張が走る。
 僅かに強張った二人の表情をジェイドはじっと見詰めていた。彼はラズリが〝明らかに何かを知っている顔だ〟と確信したのか、そのままにっこりと微笑んだ。
 以前ルークが言っていた〝うさんくさい笑顔〟というのは、これのことかとラズリは納得しながら、同時にこの軍人には勝てないと悟る。
 彼女に出来ることと言えば、ルークが何事もなく無事に塔から逃げ出せるようにと祈ることだけだった。
 
『〝ルーク〟という名に聞き覚えはありませんか?』
 部屋の外で一部始終を聞いていたルークは、ジェイドの言葉に動揺を隠せなかった。
 この結末が気になるところではあるが、駄目だ、そろそろここから出た方が良いとルークは判断する。時間的にもリドが到着する頃だろう。
 気配を消して気付かれないようにルークがそろりと足を踏み出していると、その後ろから底抜けに明るく野太い声が聞こえて来る。
「んんー? そこにいるのは誰かしらぁ?」
(よりにもよってこのタイミングかよ……!!)
 もうルークにはその場から駆け出すしか方法が残されていなかった。その勢いで被っていたマントが外れるが、気にしている場合ではない。
 きっとあの声と駆け出した音にいち早く気付いて、自分を追って来る人が――いる。
 ルークはどうかそれが〝彼〟でないことを祈りながら、リドが待つ船着場へとひた走った。



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自己紹介:
赤毛2人に愛を注ぐ日々。