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第五章 Gloom 03
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第五章 Gloom 03




やっと手に入れた朱。

例えその色が消えかけていても。




――ただひたすらに、走る。
 洞窟の入り口に近付いて行くにつれ、アッシュの視界の隅にちらほらと青い軍服が見え始めた。どうやらあの軍人が手配していた陸艦が到着したらしい。これでひとまずは安心と言って良いだろう。
 モルダはあの場に置いて来たままだ。アッシュが拷問室から出る際に再度蹴って――踏んで――おいたので、唯でさえ何本か折れているであろうそれがさらに増えているかもしれない。
(それで済んだだけでも、有難いと思うんだな)
――これは自分からの裁きだ。
 身体の傷など、いずれは治る。確かに彼には多少同情する部分もあったが、腕の中に眠るこの存在を傷付けて汚したことは万死に値するとアッシュは歯噛みする。
 彼が視線を落としてルークを見ると、先程まで流れていた涙は止まり、顔色もどことなく良くなったように思えて少し安堵の吐息をつく。
 アッシュは突入した際に通って来た通路を抜け、煌々と輝くそこへ向かった。
 外へと足を踏み出すと、途端に目に入る真っ白な世界。急激に入って来る光に視界の処理が追い付かず、アッシュは一瞬目を閉じる。
 洞窟への入り口周辺では、仲間達がすでに二人を待っていた。アッシュの姿を確認した全員がほっとした表情を浮かべたが、その手に抱える存在を見付けるや否や、表情が悲痛なそれへと変わっていく。
「「「「ルーク!!」」」」
 そう叫びながら一目散にこちらへ駆け出して来たのはティアとガイ。それに遅れるようにナタリアとアニスが追い付いて来る。
「首領部屋の隠し扉の先に〝リア〟の首領を置いて来た。昏倒させておいたから、しばらくは起きないだろう。まぁ……起きたくても起きられないだろうが、今の内に収容しておけ」
 アッシュ自身も駆け寄って来る仲間達に近寄りながら、近付いて来る仲間達の向こうに控えていたジェイドに叫ぶように言った。
――〝生きて〟はいる。
 口には出さないが、あの軍人はそれを察しているはずだと彼は思う。
 案の定ジェイドはガイを呼び止めて、早急に収容して来るようにと指示をした。命じられたガイはルークの様子が気になっていたようだが、今自分がルークの傍にいた所で何も出来ないと察したのか、洞窟の入り口へと足を向ける。そこへ「私も行く」と言ったアニスも引き連れて、二人は洞窟内に入って行った。
 アッシュはそれを見届け、手頃なところ――といっても辺りは雪一面だが、ゆっくりとルークを下ろす。そこへすぐにティアとナタリアが治療をするべく駆け付けて来た。
「こんな――!」
「酷過ぎますわ……!!」
 二人はルークの身体を覆っていたマントを剥がすなりそう言った。その余りの痛々しさに、彼女達の表情が泣きそうなそれに変わっている。女性である二人には、こうなった経緯がありありと思い浮かべられているのだろう。
 沈痛な面持ちで二人は治療を始めた。二人の手から癒しの音素が溢れる。
 その淡い光がルークを包むのを見届けたアッシュは、二人から少し離れているジェイドに近付いて言った。
「おい、眼鏡」
「えぇ、分かっていますよ」
 彼は「眼鏡という呼び名は変えるつもりはなさそうですね」と苦笑しながら肩をすくめる。
「ベルケンドのシュウ医師に、すでに話しをつけてあります。こちらでの応急処置が終わり次第、あなたはルークと共にアルビオールで先に行っていて下さい」
 眼鏡のブリッジを押し上げながらジェイドは続ける。
「私達は、生け捕りにした彼らを然るべきところに収容したあと、これからのことを話し合うつもりです。ここはマルクト領土ですが、彼らが行った行為は世界規模の問題です。マルクト内での話しだけでは済まされそうにないですしね」
 確かにこの騒動の元がモルダ個人のものだということが分かったとはいえ、彼に加担した者も少なくない。ジェイドが言っていた各国にいる一部の官僚達も探し出さねばならないだろうし、またその処分も行わなければならない。それに組織の中にはレプリカを楽しんで消していた輩もいたようだ。彼らの非人道的行為にも、何らかの処罰が必要だろう。
「やれやれ、面倒なことは極力避けたいのですがねぇ。そうもいかないようです。事後処理は、マルクト・キムラスカ・ダアト・ユリアシティの総力を挙げて行うつもりです。それが粗方片付いたところで、……まぁ早くて二週間程度といったところでしょうか。〝ゆっくり〟そちらへ向かうとしますよ」
 彼の台詞に一部、皮肉が混ざっていたのは気のせいではないだろう。自然とアッシュの眉間の皺が増える。
「あぁ、勘違いしないで下さいね。もしここでルークが目覚めたとしても、あの子のことですから私達に会うのは気まずいと感じるでしょう。こんなことになってしまった経緯もあるし、自分のせいでまた迷惑をかけたと思いかねません」
 いつもの鉄壁の笑みが崩れ、軍人の表情が苦笑をとる。それはとても珍しいものだった。
「私達はルークを追い詰めたいわけではない。『ゆっくり向かう』と言ったのは、あの子に心の準備をさせる時間を与えるためです」
 以前ルークがレムの島から逃げたときも、ジェイドはそう言って包囲網を緩めたのをアッシュは思い出す。しかし彼もあのときは、まさかこういうことになるとは思っていなかったのだろう。傍目には分かりにくいが、僅かに寄せられたその眉間がそれを物語っている。
「元を辿ればこの騒動の発端は、私の消したい過去の一つから起こったことです。……まったく、私はどれだけ罪を犯せば気が済むのか」
 最後の方はよく聞き取れなかったが、アッシュにはこの軍人が言わんとしていることは理解出来た。
「きっかけが何であれ、お前の技術がなければあいつは……、それにレムの塔にいる奴らだって生まれていないだろうが。過ぎたことをいつまでもくよくよと悩んだところで、先へは進めねえ。それよりもてめえの頭をフルに使って、これからのことを考えやがれ」
――らしくない。
 自分がこんなことを言うなどと。何故自分が――それも今――、この軍人を励ましているのか。
 本当に自分は変わってしまったなとアッシュは思う。だが不思議なことに、彼はそれを悪いことだとは思わなかった。
 アッシュはどことなく気恥ずかしくなり、ジェイドからさっと視線をはずす。励まされた当人も驚いたように彼を見ていたが、次にアッシュが視線を合わせたときにはすでにいつもの笑顔に戻っていた。
「おやおや。まさかあなたに励まされるとは思っていませんでした。私も落ちぶれたものですねぇ」
 にこにこと笑って言われるその台詞に、アッシュはチッと短く舌打ちを返す。頬が僅かに赤く染まった状態でのそれは、誰が見ても照れ隠しにしか見えなかっただろう。
 どうにも気まずい雰囲気をアッシュが漂わせていると、ジェイドが女性二人の方向を見ながら「おや、終わったようですね」と言った。
 それが聞こえると同時に、アッシュは紅い髪を翻して一目散にルークの元へと駆け出す。その後ろではジェイドが「若いって良いですねぇ」と言いながら、彼を追いかけた。
 
 癒しの淡い光が空気中へと消えると、あれほど酷かったルークの傷が嘘のように消えていた。顔色も先程と比べると随分良くなっている。
 それを見たナタリアとティアが、ほぅ、と安堵の息をついた。
 二人は治っているかどうかをくまなく確認していく。傷は治ったが、引き裂かれた服はどうしようもない。それを改めて見た二人は、辛そうに顔を歪めた。
「ルーク……。本当に、女性になってしまったのね……」
「えぇ……。でも例え外見が変わってしまっても、ルークがルークであることに変わりはありませんわ」
「それよりも」と、ナタリアが横たわっているルークの髪を撫でながら続ける。
「女性となって色々戸惑うことばかりだったでしょうに、この仕打ちはあまりにも――」
「……怖かったでしょうね。今まで対等だったはずの男性から、こういう扱いをされるなんて……」
 その恐怖は計り知れない。自分達に性別の逆転が起こり得るはずがないと分かっていても。
 まったく知らない赤の他人に暴行され、あまつさえルークの象徴である髪まで切られた。それを行った人物に対して怒りが沸くが、同時にここで眠るように横たわる人物のこれからを思い、二人は胸を痛めていた。
――傷付きやすく、しかしその傷を必死で隠そうとする優しい存在のことを。
 ざくざくと雪を踏みしめる音が聞こえたのだろう、治療を施していた二人が視線を上げた。
「傷はどうだ」
「えぇ。全て治療し終えましたわ」
 アッシュの問いにナタリアが力強く頷いた。彼はルークのあちこちにあった全身の傷がほぼ全て完治しているのを確認し、その身体を隠すようにして再び先程と同じようにマントでくるむ。
「ベルケンドへ行くのね?」
 ティアの問いに対し、アッシュは小さく「あぁ」と答える。そしてルークを抱え上げながら、治療を施してくれた二人に礼を言った。
「アッシュ。……ルークを頼みますわね」
「私達もなるべく早く、そちらへ向かうように努力するわ」
「あぁ。あとは――頼む」
 手短に話しを済ませると、アッシュはアルビオールへ乗り込むべく方向を変える。
 アルビオールは当初の場所からすでに洞窟近くへと移動されていたため、比較的簡単に見付けることが出来た。
 乗客口ではノエルがすでに待機をしており、二人の姿を見るなりほっとした表情を浮かべる。そしてそれぞれの身なりに気付いたのか「その姿では寒いでしょう」と、アルビオールに備えてあった毛布も用意してくれた。
 機体がゆるやかにベルケンドへ向けて動き始める。
 アッシュはノエルから受け取った毛布を腕の中で眠るルークにかけてやりながら、窓の外を見た。
 今にも雨が降りそうな彼の胸中とは裏腹に、空はどこまでも青く広がっていた。



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赤毛2人に愛を注ぐ日々。