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第六章 Stagnate 02
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第六章 Stagnate 02




その口から紡ぎ出される音は、

まったく変わらないというのに。




自分達が不安に思っていてはルークにも不安が伝わると分かっていても、
いざその本人がいる部屋の扉を目の前にすると、やはり躊躇するものがある。
周囲に漂うそれを感じ取ったラズリが、扉の前にいた自分に「アッシュ、私が開けるわ」と申し出て扉の前に立った。

扉を開ける前にノックを二回。
中から小さな――だが元気の良い返事が返り、ルークが起きていることが分かった。
その瞬間、仲間達の間に僅かな緊張が走るのが見える。

「……ルーク?」

ラズリは、本当に〝ルーク〟という単語が認識出来ないのかどうかを確かめるように、その名をはっきりと呼んだ。
しかし何度呼んでも、それに対しての返答はない。
シュウの言ったことは事実なのだろう。

周囲の表情が翳[かげ]り、ラズリが小さく溜息をつく。
そしてその後に女性となった彼女と出会い、共に旅をしていた時からの馴れ親しんでいたであろう名前を口にした。

「……〝ルキア〟、起きてる?」

「……その声、ラズ!? 来てくれたのか!?」

彼女が〝ルキア〟と呼んだ時は、はじかれたように返事が返る。
〝ルーク〟という呼びかけに対して反応がないことに、周囲は沈痛な表情を抱えていたが、
しかしその思ったよりも元気そうな声に少し安堵したようだった。

ラズリは扉を静かに開け、ルークの元へと歩き始めた。
その後ろから仲間達も次々に部屋へと入っていく。

「ん? ラズ一人じゃないのか。……五……、六人? 
ティア、ナタリア、アニス、ガイ、えーとそれからジェイドに……アッシュ……か?」

ルークから発せられた言葉に、一同は驚きを隠せない。
シュウによれば失われているのは一部の記憶だけでなく、視力も含まれていると言っていた。
それなのにその暗闇の世界で、しかもうっすらとしか覚えていないであろう自分達の名前が呼ばれたのだ。

どこか嬉しそうに呼ばれたその声質のお陰か、仲間達の表情が綻んだ。
そしてその仲間の中に自分も含められていることに、少しだけ嬉しく思ってしまう。

「見えないけど、気配で分かるんだ。それにこんなに大人数が来るってことは、お前ら以外居ないもんな」

ルークはベッドから身体を起こして座っていた。
それを囲むように仲間達が揃う。

皆の視線が一番先に向かったのは、やはり髪だった。
ルークが、ルークたる証の髪の色が、新緑色となっていることをそれぞれが残念に思っているようだった。
どういった理由でその色になってしまったのかは、はっきりとは分からない。
そしてそれとは逆に、ここにいる仲間と自分が求めている朱色はその瞳の中に収まっている。

「ルーク……」

聞こえていないと分かっていても、皆がそれぞれに呟いてしまう。

自分が最後にルークを見た姿は、ボロボロの衣服であったが、
今では研究所内にあったシンプルなワンピース(いわゆる病院着)を着ている。
本人は落ち着かないと笑っているが。

不揃いだった髪は切り揃えられて以前より短くなってしまったものの、あの状態よりは幾分かマシになっていた。
女性研究員の配慮だろうか、今はその髪がゆるく一つにまとめられている。
部屋の中は動きまわる時に邪魔にならないよう、必要最低限の物しか置かれていない。
それ故にどこか殺風景な印象を持つ。

声をかけたいけれど、何と言って良いのか分からない。
この殺風景な部屋の環境に気圧されている所為もあるだろう。
そんな仲間達の微妙な雰囲気を感じ取ったのか、ルークは苦笑しながら話し始める。

「ごめん……な? 相当ショックだったみたいでさ、昔のことあんま覚えてねーの。
一時的なもんだって、シュウさんは言ってたけど……」

ルークはへへ、と軽く笑った後、申し訳なさそうな表情で仲間達に言った。

――何故だろう。

その笑顔が、今は、悲しい。

「かろうじて、皆と一緒に旅したことは覚えてんだ。楽しかったこととか、魔物と戦ったこととか。
部分的に……だけど。んでも、どうして旅をしてたのか、旅が終わったのはいつか、とか、
旅の目的とか、そういうことは何てーか……こう、ぼやけててさ。どうしても思い出せないんだ」

分かっていたことだけれど、本人の口から改めて言われるのは辛いものがある。
部分的に記憶があるとはいえ、大事なことを覚えていない今のルークは、
自分達が知っているあの時のルークとは言えない。
再度突き付けられる現状に、仲間達は途方に暮れていた。

その静か過ぎる空間を切り裂くように、明るい声が室内に響く。

「でも、この体になってからの記憶はあるんだ。ローレライの力で男から女になったことも、
ラズと一緒に旅をしたことも、レプリカの街を作ろうと駆け回ってたことも。皆から逃げちまったことも。
……あれ? そういや俺、どうして逃げ回ってたのかな……」

それを聞いた自分は、レムの塔で別れた時のことを思い出した。
腕を掴んだあの時、泣きそうな表情をしていたルークを。

あの揺らいだ瞳が忘れられない。

――あの時、あいつは一体何を思っていたのだろう。

ルークはしばらく自分が皆から逃げていた原因を考えていたようだが、
「まぁ良いか」と頭を一掻きすると、何かに気付いたように慌てて仲間達を仰ぎ見た。

「いけね、そういえばまだお礼言ってなかったよな。助けてくれてありがとうな! お陰で助かったよ」

そう言って軽く頭を下げながら礼を言う。
その言葉から、反レプリカ組織〝リア〟のアジト内に囚われていたことは覚えているらしい、と予想がつく。
しかし、『暴力行為を受けたことを覚えているか』と聞くのはさすがに躊躇われた。

そんな中で、いつもの青い軍服のポケットから片手を出し、
整った鼻筋を渡るブリッジを押し上げながら、言葉を発した男がいた。

「あなたは……自分が何をされたのか、覚えているんですか?」

そしてシュウすら聞くのを躊躇していた質問を、いとも簡単に言ってのけたのだ。

「っおい旦那! それはっ……」

ガイが慌てて止めようとするが、意外にもルークはその質問に怖じることなく返して来る。

「うん、大体覚えてるよ。でも傷は治ってるし……。あ、シュウさんから聞いたよ! 
治療術かけてくれたの、ティアとナタリアだってな? ありがとう!」

姿を確認しようにも視力を失っている為、二人の場所を特定できないのだろう。
ルークは左右にゆっくりと首を向けながら、恐らくいるであろう方角に向かって二人に礼を言った。
対して礼を言われた二人はといえば、「お礼なんて……」と呟きながら見えない故の動作が哀れに思えたのか、
目に涙を浮かべている。

「まぁ……乙女の純潔? ……は奪われちまったみてーだけど、でもそんだけだろ? 
痛みもないし、気にしてないから大丈夫。それに今さら愚痴ったってしょうがねぇしな」

その前向きな姿勢と言葉に、一瞬耳を疑った。
自分はシュウから、ルークが一時恐慌状態に陥っていたと聞いている。

記憶と視界を奪われる程の行為をされたであろうに、当の本人はそれを何でもないことのように笑って話している。
その異常なまでの明るさに、その場にいた自分含む一同は面食らってしまった。
ひょっとして強がっているだけかもしれないと思ったが、本人の様子から察するにその翳りは窺えない。
本当に心の底からそう思っているようだ。

気にしていないと笑うルークに仲間達は戸惑い、自分はぎり、と奥歯を噛み締めた。

何故、こいつはこんなに風に笑えるのだろう。
乙女の純潔と軽々しく言っているが、事態はもっと深刻なはずだ。

普通の女性ならば、この世の終わりだと思う程のショックだろう。
その行為の中には憤るものや恐怖があっただろうに。
元が男性だった所為だろうか。いや、それでも――

もし、自分がルークと同じ状態に陥ったとするならば、こんな風に笑ってなどいられない。
己ならば、その行為を行った男を死に物狂いで探し出し、地の果てまで追い詰めて殺してしまうかもしれない。
それほどの殺意と憎しみを抱くだろう。

(……前から、自分のことは形振り構わない卑屈野郎だとは思っていたが……)

〝ルーク〟としての記憶を失ったとはいえ、こんな所は覚えていなくても良いだろう、と思う。
その思いは周囲も同じだったらしい。
視界の隅で、頭を抱えて溜息をつくラズリが見えた。

そんな仲間の想いなど露知らず、ルークがぽそりと声を漏らした。

「えっと……ジェイド。ちょっと聞きたいことが、あるんだ」

「はい、何ですか?」

恐る恐ると言った様子で、ルークが彼に聞いたのは。


「その……、モルダ達……どうなった?」


ルークがこうなってしまった、全ての元凶たる男のことであった。



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赤毛2人に愛を注ぐ日々。