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第四章 Save 12
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第四章 Save 12




消えかけた焔。

消させないように手を伸ばした。




(……嘘……だよな)
――これって幻聴ってやつか?
 あぁ、でもその声はかつての自分と同じ――音。
「どうしてこんなところに」とか、「他の皆はどうしたんだ」とか、「それよりお前、何助けに来てんだよ」とか。ルークの中で色々な考えが巡るが、そこにいるのは紛れもなく。
(アッ……シュ……?)
 声に出したつもりだったが、もはや掠れ声すら出なかった。どうやら喉も限界を迎えているようだとルークは思う。
 ならばせめて姿だけでもと、ルークがやっとの思いでそちらに視線を向ける。その滲んだ視界では確認し辛かったが、その世界に映る色は紛うことなく紅だった。
 その色を目にした瞬間、ルークの中に急激に安心感が訪れた。同時に何とか保っていた意識も落ちていく。ここで意識を失うわけにはと、ルークはなけなしの力で抗うが、抵抗空しく目の前は徐々に暗くなっていく。
(どうして、ここに……?)
――と、そこまでがルークの限界だった。
 
 
◆ ◆ ◆
 
 
 アッシュの視界の隅でがくん、とルークの首が傾くのが見えた。どうやら意識を失ったらしいと判断した彼は少し焦る。僅かに目にしただけだが、彼女の身体は深く傷ついていたのだ。
――早くあれを助けなければ。
 しかしその焦る気持ちが、彼に少しの油断を許す。それを目ざとく見ていたモルダが、剣先をひたりとルークの首元へと当てた。
「近付くとこいつを消すぞ?」
 その脅迫めいた言葉にアッシュの勇む足が止まる。内心悪態をつきながら、視線はモルダに固定したままで、アッシュはローレライの鍵を静かに握り直した。
「……コレの被験者、〝アッシュ・フォン・ファブレ〟様か。世界を救ったという〝本物〟の英雄」
 モルダの小馬鹿にしたような言葉に、彼の眉間の皺が増える。その心中では沸々と潜んでいた熱が再燃し始めていた。
「何故だ? 何故、被験者がレプリカなんて〝化け物〟を助けようとする?」
〝化け物〟というモルダの発言に、アッシュがぴくりと反応する。この男は人の神経を逆撫でするのが上手いようだと、アッシュは冷静を保つ。
(それに、隙もない)
 剣の腕前は大したことはないことは、彼自身も分かっている。しかしルークを人質に取られている上に、この男が背負うものは侮れなかった。
 アッシュはじり、と足先に力を入れながら、こうなれば一瞬の隙を突くしかないと画策する。
「こいつらは創られた存在で、人間とは違う。死んだら骨も皮も残らず消えていくだけの存在だ。しかも被験者の複製品で、被験者がいなければ成り立たないモノ。そんな〝化け物〟を何故守ろうとする?」
 モルダは至極不思議そうにアッシュに問い掛ける。その視界の隅で、モルダの手が若干震えていることにアッシュが気付く。
(怯えか? いや……これは)
「それにレプリカは、人間を殺してまで創られているんだぞ!!」
(怒り、だ)
 ローレライの鍵を持ったまま、アッシュは何も言わずにただひたすら視線を合わせる。
 レプリカを憎んでいるその目は、かつての自分に良く似ていた。レプリカが自分の場所を奪ったと、ひたすら憎んでいた頃に。
「知っているか? この世界には兵器にも成り得る力を持つ被験者達がいることを。そしてその被験者の一人が、その力を量産しようとレプリカ技術に目を付けた連中に殺されたことを」
 この男が言っている兵器と成り得る力とは、邪視を持つ少女、クリス・サングレのことだろうかとアッシュは思う。
「〝俺〟が研究対象としていた彼女が、そうだった」
(やはり、そうらしいな)
 実は作戦の前にアッシュはジェイドからモルダの過去を聞かされていた。
 彼が十六歳のときにマルクト帝国にある譜術・譜業研究所へと入り、そこでクリス・サングレを研究対象としていたようだと。そして、彼がその後どうしたかも知っていた。
「レプリカに興味を持った連中が、彼女の特別な力をもったレプリカを創ろうと企み、彼女の身体が弱いことを知っていながらレプリカ情報を抜いた。……過去にレプリカ情報を抜かれたことがあるお前になら、これが何を意味するかが分かるだろう?」
 確かに被験者からレプリカ情報を抜くことは、被験者にとってかなりの負担となる。健常者でさえ耐え難い実験を身体の弱い者に対して行えばどうなるか――アッシュは過去の苦い経験を思い出し、思わず顔を顰めてしまう。
「案の定、情報の採取の負荷に耐え切れずに彼女は死んだ。もちろん探し出したよ。彼女のレプリカ情報も、それを行った連中も。見つけ出して、俺の手で破棄してやった」
「……なら、てめえの復讐は終わってるんじゃねえのか」
――彼女を死へと追い込んだ直接の原因を、モルダ自身が始末しているというのならば。
 しかしモルダはゆっくりと首を横に振ってそれを否定する。
「いいや? まだ終わっていないさ。〝レプリカルーク〟が創られたせいで、研究者が余計な好奇心を持った。実際コレを見本にして、彼女のレプリカが生まれている」
(それが、カルサというレプリカか……)
 この男の気持ちは分からないでもないとアッシュは思う。実際、彼が同情出来る部分もいくつかあった。
 しかしこのまま問答を続けていたのでは埒が明かない。アッシュはモルダの愚痴を聞くために、この場に居るわけではないのだ。
「〝レプリカルーク〟が、そして世界中に散らばっているレプリカがこの世に存在している限り、研究に携わる者のレプリカへの欲求は留まることはない。そしてその欲求のために、新たな別の被験者が犠牲となるんだ。じゃあそれを防ぐためにはどうすれば良い?」
 モルダの口角が上がる。続けて感じられるのは、冷たく燃え上がるような、憎しみ。
「簡単なことだよ。欲求の根源を絶てば良いのさ。その原因となるものを、コレを、消そうとして何が悪い!」
 アッシュは冷静を保ちつつ、何とかして隙を見付けようとしていたが、先程から連発される〝化け物〟だの、〝アレ〟だの〝コレ〟だのというモルダの物言いに、彼の中で良い加減はちきれそうだった何かがついに切れた。
「うるせえ! てめえの都合なんざ知るか!!」
 アッシュは激情に添うようにローレライの鍵を構え、最大限の殺気を彼にぶつけた。
 冷静に判断をすることなど、アッシュにはもう出来そうになかった。
「確かにレプリカは人の手によって創られた存在だ。レプリカ情報を抜かれたことが原因で死んだ奴もいるだろう。だがレプリカ達は、そうされることを、そうすることを、自分から望んでいたか!?」
 以前は分からなかったこと。
 その存在を勝手に産みだしたのは被験者で、そのせいで生きる意味を見つけようと足掻き続けている存在がいること。
 先からずっと鍵から聞こえている鈴の音。悲しい、悲しい音色。
――この音はきっと、あいつの音だ。
「それに、基本的にレプリカ技術での人体製造はすでに禁忌とされている。それを犯し、許可なくレプリカ作成を行った場合は世界的犯罪者として扱われ、罰せられる。レプリカに対して変な好奇心や悪巧みを持った連中達は、世界が裁く。お前が裁く必要など、一つもない!」
 黙ったまま彼を睨み付けているモルダを威圧しながら、アッシュはじりじりと間を詰める。
「……そいつは言わなかったか?『レプリカだって生きている』と。例え創られた存在でも、そいつらにだって感情はある」
 僅かにモルダの表情が怯む。
「『生きたい』と、懸命に生きている奴らがいる。『自分の居場所が欲しい』と、足掻く奴らがいる。『自分達の存在意義を証明したい』と、動いている奴らがいる!」
 アッシュの意識が変わったのも、彼らのお陰だった。
 アンバーやラズリや譜業好きな少年、何を考えているか分からない芸術家、儚くも日々を楽しく過ごす白く小さな少女。彼らと触れ合う内に、以前から抱いていた思いをアッシュは打ち消すことが出来たのだ。
 だからこそ、懸命に生きる彼らを、〝友〟と呼べるようになった彼らを愚弄し、一掃しようとしているこの男は断じて許すわけにはいかないとアッシュは奥歯を噛み締める。
――何よりこの男は、自分が求めている存在を汚した!!
「……勝手に創られて、勝手にこの世界に放り出されて、挙句の果てに酷い扱いを受けて。それでも必死で生きようとしてる奴らを、今度はてめえの都合で勝手に消すだと? はっ、てめえは一体何様のつもりだ! 神にでもなったつもりか!」
「――っ!!」
 いよいよモルダの顔色が変わる。
「うるさい、うるさい! じゃあ彼女はどうなる!? コレが創られたせいで!〝レプリカルーク〟が創られたせいで!!」
「復讐の意味を履き違えるな! 悪いのは誰だ? 創って悪用しようとした奴らだろうが! 生まれたばかりのレプリカに感情はない。今まで消して回ってたんなら、それぐらい貴様にも分かっているだろう?〝クリス・サングレ〟が死んだのは、〝レプリカルーク〟のせいなんかじゃねえ!」
 アッシュは射抜くように相手を見た。
 対してモルダは、彼の口から出た〝クリス・サングレ〟という言葉に驚きを隠せなかった様子で「どうしてその名を……」と呟いた。その瞳に、今までになかった揺らぎが見える。
「……以前、俺も自分のレプリカを、そいつを憎んだ時期があった。自分の居場所を奪われたと、存在を食われたと」
――目の前にいるこの男は、昔の自分によく似ている。
 そう思えば、アッシュは不思議と冷静になった。
 あのときには言えなかった言葉。とっくの昔に理解していたが、決して口には出せなかった言葉を、ぶつけるようにして吐き出した。
「だが今は……ちゃんと認めている。例え自分の複製品だとしても、そいつはそいつで、俺は俺であることに変わりはない。男だったものが女になってこの場にいるとしても、中身は変わらねえ。ただそこに在る者として、認めている」
――認めている。自分の中の多くを占めるその存在を。狂おしいほどに求めているその朱い色を。
 剣の柄を握っているアッシュの拳に自然と力が入る。
「てめえは怖いだけだ。レプリカを、〝レプリカルーク〟を憎むことだけで生きている自分が。憎むことでしか生きられない自分を、認めるのが怖いんだろうが!!」
――かつて自分がそうであったように。
「黙れ! 黙れぇ!!」
 弾かれたようにモルダが叫ぶ。
 彼が必死で胸の奥に隠していた部分を指摘したせいだろう。半狂乱となったモルダは両手で剣を握り締め、ルークへと振り上げた。
 アッシュはその瞬間を見逃さなかった。
 じわじわと距離を詰めていたお陰で、彼はあっという間にモルダの懐に飛び込み、剣の柄で開けられた鳩尾へと強打する。見事に決まったその衝撃にモルダは「ぐぅ……!」と一言呻き、その場に崩れ落ちた。
 倒れた拍子に、小さな鍵が床へと転がるのが見える。
――拘束具の鍵だろうか。
 アッシュは急いでそれを拾い、転がっているモルダに再度蹴りを入れたあとでルークを振り返る。
「――っ、」
 しかし、視線の先のあまりの惨状にアッシュは目を見張るしかなかった。
 服は裂かれ、体中には目を逸らしたくなるほどの痣や傷。不自然に斬られた髪。手首と足首は抵抗したせいか、拘束具で擦り切れてボロボロになっている。
 そして――酷く、それも長い時間暴行されたのだろう。裂かれた服から覗く内股からは、その奥から流れ出た赤黒い血が乾いてこびり付いていた。
「――くそっ!!」
 アッシュはやりきれない思いを抱えながら、仲間達にルーク保護の連絡をするために通信機を手に取った。
 
――リィ……ン……――
 
 ローレライの鍵からはまだ、あの悲しい音色が響いていた。




―第四章 Save 完―



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赤毛2人に愛を注ぐ日々。